第45話
「もうすぐTokioだ」
時計を見ながら二階堂が言った。時間と空間は速度というエネルギーによって結合している。
「基地とは連絡が取れているのですか?」
ルカが尋ねると、「もちろん。……イージス経由だが」と二階堂が不安げに応じた。
「CB-Cityは平穏無事ですね」
窓から景色を楽しむ土田の声を受けて、ルカは小さな窓から下界を覗いた。近代的な街には傷一つなく、走る車も多かった。遊園地のジェットコースターも走っている。海にのまれ、観光船の遊覧スポットに変わったディズニーランドも静かに
「無事に着けそうですね」
「不自然だ」
二階堂の顔が緊張していた。
「何故です?」
大塩が尋ねた。
「政府がイージスに避難しているのに、Tokioに近いこの街が平和すぎる」
その時だ。機内に警報音が鳴り響き、機体が右に傾いた。
『対空ミサイル、衝撃に備えろ!』
スピーカーからパイロットの声がした。機体は大きく蛇行する。
一瞬、窓の外を閃光が走った。
「馬鹿な。どこのミサイルだ?」
二階堂がシートベルトに縛られた身体をひねって小さな窓に顔を張り付けた。
ルカも同じように外を覗いた。旋回しているために、窓から見えるのは曇り空だけだった。
『陸軍、ハチハチAT地対空ミサイル。一番機、被弾』
再びスピーカーから声がした。兵士たちが沈黙した。
「チャフ放出、北方へ旋回、退避しろ!」
二階堂が叫んだ。
ルカには二階堂がどこに向かって叫んだのか分からない。
「陸軍だと……」「狂ったか……」
ルカは兵士の口々から不安げな声が漏れるのを聞いた。
機体は左にひねりを加えながら急降下して速度を上げた。ギシギシと機体が鳴く。
窓の外に、煙を吐きながら落ちる一番機のシルエットと、キラキラ太陽光を反射するチャフが見えた。
ルカは眼が回り、上下の感覚を失っていた。悲鳴を上げることも忘れていた。
『地上にメタルコマンダーが展開しています』
「最大戦速、高度を取れ」
二階堂が命じる。
急降下で速度を上げた機体は、その勢いを借りて一気に高度を上げた。
「3番機は無事か?」
『ついてきています』
兵士たちがホッと息をつくのが聞こえた。
『射程外に出ました』
「高度落とせ。パッシブステルス機能最大にしろ」
『了解』
「司令部に通信を開け」
『司令部、応答なし!』
「
『正常に作動しています』
「切れ! 3番機にも伝えろ」
『同士討ちになりませんか?』
「あいつら、こちらを陸軍機と知ったうえで撃って来たのだ」
短いやり取りが続く。
北に進路を向けてから、強襲ドローンは水平飛行に戻っていた。窓の外に筑波山が見えた。
「市長代理の言う通り、軍のシステムは乗っ取られたらしい。どうやら、TokioにEMPBが落とされたというのも本当の事なのでしょう。あなたの予想は外れたようです」
「悪い方のシナリオですね。反逆罪か……」
ミサイルで落とされても、無事に地上に降りても、命はないかもしれない。取り乱さないようにしよう。……自分に言い聞かせた。考えてみれば昔、橋の上か、太平洋で落としたかもしれない命なのだ。
「それはまだ早いかもしれないよ。市長代理の乗ったこれを撃ち落とそうというのだ。F-City側のAIの攻撃ではないかもしれない……」
彼の言う通りだった。ソフィがF-Cityの味方なら、この編隊に攻撃を仕掛けるはずがない。陸軍だって同じだ。
「……F-Cityに戻るかい?」
恐怖でルカの身体は震えていた。二階堂の言うとおりにできたら、どれだけ楽だろう。しかし、ルカの決断は違った。
「いいえ、何としても司馬総理に会いたい。……はっきりしたと思います。やはり、ソフィは第三の勢力……」
「何度も聞きますが、そのソフィというのは何者なのです?」
二階堂が訊いた。
「私も分からないのです」
「少佐……」土田が口を利いた。「……F-City側のAIなら、2番機に市長代理が乗っていることも知っているのではないのですか? 1番機と3番機だけを落とすつもりかもしれません」
「ふむ……」二階堂が考えるしぐさをする。
「もともと、市長代理を生かそうなんて、考えてないかもしれないな。代理の代理という手もある」
鴨木田がボソッと言った。
結局、ルカの推理は振出しに戻った。
「どちらにしても、メタルコマンダーが敵に回った。想定外の事態だ。おそらく近隣の基地も似たような状態に違いない」
「中央政府は本当にイージス艦の中なの?」
ルカの質問が二階堂の思索を邪魔した。
「まだ連絡が取れない。……イージスではないということだ。海上にいるなら、いくらでも連絡を取る手段があるはずだ」
「シェルター内と考えるべきです」
鴨木田が言った。
「それが正解だろう。政治家と官僚のやることだ。一番安全な場所に逃げ込んだに違いない。……ということで、どうするか……」
二階堂が目を閉じる。
「ここまで来て降りられないというの?」
ルカのそれは、質問ではなく抗議だ。
「降りてやるさ」
二階堂が唸るように言った。
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