第44話

 F-チャイルドセンターを飛び立った強襲ドローンが三機、縦列をつくってTokio-Cityを目指していた。


 ルカは大塩警視と中央の2番機に乗っていた。


「これには乗らないと決めていたのです。それなのに……」


 冷徹な構造の軍用機はとても乗り心地が悪かった。しかし、Tokio-Cityに乗り込む以外に、中央政府と交渉する術がなかった。


 飛行機酔いもあるけれど、Tokio-Cityにたどり着いてからの無策という不安と緊張で、ルカの胃袋はギリギリと悲鳴を上げていた。頭に浮かぶのは山田早苗副総理の怖い顔ばかり。おまけに寝不足ときている。今になって初めて、市長代理に指名した亡き浜口市長を少しだけ恨んだ。


 今にも吐きそうだ! と叫んだら、込み上げるものを我慢できるだろうか?


「大丈夫ですか? 顔が真っ青です」


 ルカに声をかけたのは斜め前の座席にいる二階堂少佐だった。


「ええ、なんとか……」


「震えていますよ」


「武者震いです」


 応じてから、時代劇のような古臭いことを言ったものだと恥ずかしくなった。


 二階堂がルカに向けて冷笑を浮かべる。


「女をあざけるなんて、軍人らしくないわね」


 ルカは虚勢を張った。一瞬、震えが止まる。


「戦争では男も女もないですよ。あるのは生と死だけです。生きているものは正しく、自由にものを言う権利もある。死者はもの言う権利がないのです。もちろん、その要因は運の良し悪しにもあります」


「流石、少佐だわ。気の利いたことを言うのね」


「自分は、市長代理を女とは見ていませんよ」


「私には色気がないですか?」


「そういう意味では……。あなたの度胸は自分以上です。敵の捕虜を大量に連れて、単身、いや……」彼の視線が大塩に流れた。「……二人ですが、敵の本部に乗り込む勇気など自分にはありません」


 二階堂が感心していた。それは正直なところだろう。


「私たちは敵同士ではないのよ」


「それは先ほどから何度か聞きました。しかし、そう言われてもピンときません。自分ら軍人が信じるのは命令と仲間だけです。信じるものを疑わない。死ねと言われたら黙って死ぬ。何も考えない。それが死ぬにあたって後悔しない秘訣です」


「死んだことがあるようなことを言うのですね。それとも、後悔した死体がしゃべったことでもあったのですか?……でも、たまには若い女を信じて見てはどうですか。しゃべったり命じたりする武器を相手にするより人間的だと思います」


「兵器をあなどってはいけません。我々は暗闇でも自由に動きますが、装備があってのことです。優れたテクノロジーを我々は信じる。そのテクノロジーの塊であるAIやヒューマノイドが敵なのだと言われても、SFのようで困惑します。なあ、鴨木田かもきだ准尉」


 二階堂は自分の隣の兵士に同意を求めた。鴨木田は細く冷たい瞳をした兵士で、上官の問いかけに、頷いただけで返事をしなかった。


「とにかく、今は私を信じてください。中央政府の要人と会えば、私が正しいことが分かります」


 ルカは副市長や保安部長を説得し、特殊部隊に装備を返したうえで、共に司馬総理に会おうとしていた。Tokio-Cityが攻撃を受けたことや、副総理がイージス艦にいるといった違和感を解明するためだ。


「もし、間違っていたらどうします?」


「その時は、私は反逆罪で逮捕される。それだけです」


 答えると、ルカの前の座席の土田が身を乗り出すようにして振り返った。首筋にスタンガンで出来た火傷の跡があった。


「その勇気、惚れ惚れします。しかし、飛行機が苦手ですか?」


 市庁舎内で階段を上る時には番犬のような目をしていた彼が、今は人にすり寄る子犬のようだ。


「どうしてですか?」


 ルカは彼の小さな瞳を覗いた。番犬と子犬、どちらの土田が本当の彼なのだろう?


「さっきから、ひどく声が震えていますよ」


「空を飛んだのは、二度だけよ」


「最初は新婚旅行ですか?」


 どうやら子犬の目には、自分はに見えるらしい。……面白くはなかったが、思わず笑った。


「失礼ね。私は独身です」


「あ、すみません」


 彼の目が宙を彷徨った。


「飛んだ最初は、昨日です。市庁舎からチャイルドセンターまで」


「驚いた。あれが最初だったのですか。過激なデビューでしたね」


 ルカは蓋をしたはずの井上の遺体を思い出した。それまで我慢していたむかつきを押さえきれなくなった。


 とうとう持参していたシューズバッグの中に吐いた。もちろん、中からスニーカーを取り出すのは忘れない。その冷静さが、土田にはに見えるのだろう。まだ、30歳にもなっていないのに。……吐きながら思った。


 あぁ、格好悪い!


 土田が笑っている。


 同僚のむごたらしい死骸を見たはずの彼が、笑顔を浮かべていることが不思議だった。人間は簡単に死に慣れるようだ。


 そういえばそうだ。……ルカは島での暮らしを思い出した。母や祖母が死んだのは悲しかったが、隣人や友達が亡くなっても泣いたことはなかった気がする。


「大丈夫ですか?」


 大塩が背中をさすった。


 大丈夫なわけ、ないでしょう。……反発しながらゲーゲー吐いた。


 吐くものが無くなると落ち着いた。ついさっきまで自分の胃袋にあったものがひどく臭うのが恥ずかしい。


 二階堂がチューブに入ったミネラルウオーターを差し出した。


「あ、ありがとうございます」


 まさか、彼自ら運んでくるとは思わなくて恐縮した。


 ミネラルウオーターを飲んで落ち着くと、増々吐いたものの臭いが鼻につく。兵士たちも同じなのだろう。無口な鴨木田が汚物の入ったシューズバッグを片づけてくれた。


 こうやって乗り物にも、不安や苦痛、死にさえも慣れていくのが人間なのかもしれない。そう思った。

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