第43話

「こんなことで戦争ができるのか!」


 電子機器が動かない言い訳をして帰る技官の背中を見送ってから、早苗は怒りに任せてパイプ椅子を蹴飛ばした。そこに参謀本部から駆け付けた三島みしま陸軍参謀長が汗だくの姿を見せた。


「エレベーターが壊れるとは、日本の技術も衰えたものですな。早急に修理してくれ」


 三島は通風孔の前に立つと、ハンカチを取り出して狭い額とこけた頬をゴシゴシ拭いた。瞳がぎらついているのは戦争の匂いに闘争本能がたかぶっているからだ。


「三島さん。エレベーターなど、どうでもいいのです。何故、こんなことになったのか、敵は誰なのか。それを説明しなさい」


 早苗が詰め寄ると、政治家に状況説明を行うのがわずらわしいとでもいうように、眉間にしわを寄せた。


「敵はF-City、それはご存じでは?……戦いになった以上、全ての判断は軍人である自分たちがすべきことではありませんか? 山田副総理」


 三島は〝副〟というところを強調した。言葉にはしないが、軍人として平時に訓練を積み重ねてきたプライドに違いなかった。


「まだ戦争とは……」


「いいえ、サイバー攻撃、無人機の奪取、電磁パルス・ボムの使用、……これは立派な武力攻撃だ。ネオ・ヤマト国は戦争状態に入ったのだ」


 三島が厳つい顔をさらに強ばらせた。


 早苗は、軍による戦時態勢を主張しかねない彼の強硬な姿勢にたじろいだ。それでも国の最高統治者の一人として、言わなければならないと思った。


「敵は……」


「まだ、そんなことを。……状況を見るに答えはひとつ、F-City。即刻反撃の命令を!」


 三島が詰め寄る。


「待ってください。F-Cityはネオ・ヤマト国内です。とは違う」


「おそらく、の連中に抱きこまれたのだ。愛国心のない連中ですからな」


 彼が自分の頭を指して顔をいからせて見せた。


 早苗は決断できないでいた。


「もとはといえば、KM航空基地のセキュリティーが甘かったから……。第一、私が引き返すように命じたのに、どうして特殊部隊は戻ってこないのです? 軍は文民統制というものを知らないのですか?」


 早苗は開戦を急ぐ三島を厳しく批判した。


「シビリアン・コントロールぐらい承知している。しかしそれは平時のことだ。作戦内容について口出しは無用に願いたいですな」


「軍こそ口先だけではないか!……陸軍は、どうして空軍の攻撃を阻止できなかったのです。それも作戦ですか?」


 一介の軍人に馬鹿にされてなるものか!……強烈な皮肉を放つ。


「そもそも同士討ちは想定外ですからな」


 三島がはぐらかす。


 口から生まれてきたような人だ。……早苗は呆れた。


鮫島さめじま空軍幕僚長はどこです?」


「ハワイにいるようです」


 応じたのは、三島の部下だった。


「合同訓練ですか?」


「プライベートで、海水浴かと……」


 三島が鼻で笑った。


「こんなことなら、海兵隊を独立させる前にサイバー部隊を独立、強化すべきでした。サイバー攻撃に対する防御は内務省が行うなど、所詮無理なことでした」


 国防大臣、安倍青蘭あべせいらんが嫌味を言った。彼女にすれば、責任は過去の誰かのものだ。


「しかし今更、悔んでいても仕方がないですな。戦争は始まってしまった」


 三島が応じた。


「これからどうなるのです?」


「とにかくF-Cityを制圧してからのことです。近いうちに朗報があるでしょう」


 彼は意味ありげに唇をゆがめた。


「三島陸軍参謀長、戦況は逐次、報告してください。勝手は困ります。総理が入院した今、私が軍の最高指揮官です」


「もちろん、そうしますが、副総理は政治家です。静かに神輿みこしに乗っていただくのが、その務めです」


「くそが」


 思わず、早苗は毒づいた。


 三島が席を立つ。


「副総理、今の言葉、聞かなかったことにしておきましょう」


 彼が不敵な笑みを浮かべた。

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