第42話

 Tokio-CITY、ネオ・ヤマト中央政府地下シェルターのコントロールルーム……。


「どうして防衛システムが回復しない! 通信システムもだ。外部情報が皆無など、ありえない!」


 山田早苗副総理は、軍人とエンジニアたちを叱りつけていた。




 時をさかのぼること数十時間前のこと、司馬総理がF-Cityの浜口市長とのホログラム会談中に心筋梗塞しんきんこうそくで倒れた。急遽きゅうきょ、通信を遮断し、それからは早苗が政府の指揮を執った。


 早苗としては、反抗的なF-Cityに面白くないものを覚えていたものの、武力攻撃は望まなかった。そこには、大陸人の血を引く司馬とは異なる民族意識があったのかもしれない。


 彼女は、司馬総理が倒れたのを口実にして、武力制圧の回避を決断した。F-City独立の動きを止めるのは、経済封鎖をすれば足りると考えたのだ。


 早苗は軍の中央管制室に飛び込むとマイクを奪い、「即刻帰還しなさい」と特殊部隊に作戦中止を命じた。


 直後、国軍のKM航空基地がハッキングを受けた。まるで準備されていたように、予兆のない迅速な動きだった。そのサイバー攻撃で全てのコントロールが奪われ、4機のステルス無人戦闘機が発進した。不思議なことに、その内の2機は基地に電磁パルス・ボムを落とした。


 KM航空基地は完璧に通信手段と交通手段を失った。隊員は近くの警察署に走って緊急事態を通報、事件が空軍参謀本部に伝わるまで40分を要した。もしそれがもっと早く届いていたら、早苗も攻撃中止は決断しなかっただろう。


「占領した基地を破壊するなんて、何を考えているの?」


 早苗が疑問を覚えたのはずっと後のことだ。彼女の疑問に答えられる軍人も官僚もいなかった。


 無人戦闘機のKM航空基地攻撃は、陽動ようどう作戦だったのかもしれない。その後、4機のステルス無人戦闘機は低空でTokio-City上空に侵入した。それが確認できたのは首都郊外のアメリカ空軍TACHIKAWA基地から目視できたからだ。


 アメリカ大使館からアメリカ軍の航空管制を無視したことに対する抗議を受けるより早く、4機のステルス無人戦闘機はS街上空を通過し、政府組織が集中する行政中央地区と国軍本部があるIC地区に電磁パルス・ボムを投下。そうして中央政府の目も耳も口も奪った。


「F-Cityの奴らの仕業に違いありません」


 軍人も官僚たちも口をそろえてF-Cityのテロ行為と断定、浜口市長を非難した。その時にはすでに、彼は鬼籍きせきに入っていたのだが。


 電磁パルス・ボムの攻撃を受けて多々の機能を失っても中央政府が慌てなかったのは、危機管理マニュアルがあったからだ。そこには、非常時はすみやかに地下シェルターに移動して従来通りの統治を行うことが明記されていた。


 マニュアルに沿って、政府も軍部も地下シェルターに全ての機能を移した。


 核爆発や電磁パルス攻撃による強力な電磁波も届かない地中奥深くにそれはあった。そこには核戦争や大規模災害に備え、必要十分な電子機器と生活物資が備えられていた。


 地下に潜った政府機関は、マニュアルに沿って仕事の役割を分担し、持ち場を決めて設備に命を吹き込みはじめた。それでなにもかも元通りになる、……はずだった。


 丸一日、官僚とエンジニアはシェルターの起動に努めた。……が、状況は改善しなかった。シェルターの電子機器は思うように動かず、ネオ・ヤマト国全域のデータを保管するバックアップサーバーにも不具合がみられた。通信ネットワークも寸断されていて、中央政府と官僚たちの元には十分な情報が集まらない。シェルターのライフラインを管理するシステムまでもが不具合を示し、サブマシンに至ってはメニュー画面さえ表示しなかった。




 それから20時間が過ぎていた。


「どうしてコントロールが回復しないのよ?」


 早苗は何度も繰り返した。そのこと自体が、地下に移動した後の、中央政府の混乱ぶりを良く表している。


 地上に戻れば一部の問題は解決する可能性があったが、地下に潜って安心を得た経験は、地上に対する不安を強化し、戻る勇気をくじいていた。


「警察庁と国税庁から、システムが稼働しないと苦情が来ています」


 コントロールルームのオペレーターたちは、方々の機関や部署から寄せられる苦情や質問で忙殺されていた。それらの組織もシェルター内にある。


「何故、正常に作動しない?」


 オペレーターの苦労をよそに早苗は繰り返した。


「機械は生きているのですが、機能が回復しないのです。原因は全く不明です」


 エンジニアやオペレーターを統括する湯本ゆもと技官が固い表情を作った。


「システムが巨大すぎてトラブルの原因が特定できないのだ。問題解決など、求められてもどうしようもない」


 オペレーターたちはこそこそとささやきあった。


「お前たち、オペレーターだろう。それでもプロか!」


 政治家たちは口々に非難、エンジニアやオペレーターを追及した。


「普段、個別作業はヒューマノイドがやっていましたので……。それらが先ほどの電磁パルス攻撃で動かなくなりました。慣れないので仕方がありません」


 人間だけで巨大なシステムを復旧するには限界がある、と彼らは冷たく切り返した。


「システムではなく、サーバーが壊れているのではないか?」


 素人の忠告に湯本の神経は逆立った。


「それはありません。毎月、検査が実施されていますし、メインサーバーからのバックアップ処理が常時続けられていたのですから。先ほどのチェックでもハードに異常はありませんでした」


 湯本は政治家たちがたむろする会議室から逃げるように離れ、サーバールームに入った。そこでは技官とエンジニアが、膨大な電子マニュアルを読み解きながら、サーバーと周辺機器をひとつずつ再起動させ、初歩的なチェックを繰り返していた。

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