第39話

「ファー……」


 ルカは欠伸あくびをかみ殺した。疲労と寝不足でウトウトしながら文明の偉大さに思いをはせる。でさえ、ネットは使えていたのに。……頭の中には、夢島に打ち寄せる白波が不鮮明な映像を作っていた。


 通信機器を失うというのは、そういうことだ。……伝令が走り、会議室に幹部が全員そろうのに30分かかった。並んだ幹部の顔には疲れが張り付いている。


 自分もそんな顔をしているのだろう。それではいけないと分かっている。精一杯口角を上げ、意識的に瞼を持ち上げ、重い唇を開く。


「皆さん、中央政府は48時間以内に全てのヒューマノイドに対する権限の放棄と、F-チャイルドセンターの権利の移譲を要求してきました……」


 ルカは山田とのやり取りを隠さず説明した。そうしながら、自分自身の説明に違和感を覚えていたのだけれど、その理由は分からなかった。


「中央政府はヒューマノイドとチャイルドセンターを奪って、我々の戦闘力や経済活動を奪うつもりですね」


 石部副市長が言った。


「それならどうして市警の武装解除を要求しないのです。私たちから武力を奪おうと思うのなら、市警の武装解除は必須のはずだ」


 古畑保安部長が首を傾げる。


「確かにおかしいですね。捕虜の釈放も要求しませんでした」


 ルカは違和感のひとつにたどり着いた。ただ、それで全てが解決したわけでもない。


「兵隊など駒だというのだろう」


 神尾かみお人事部長が言った。


「違和感があったのです。……イージス艦に退避していると言いながら、まるで勝ったようにヒューマノイドとチャイルドセンターの放棄を要求する。あまりにも自信に満ち溢れていて、まるで何もかも予定通りに進んでいるように聞こえたのです。政府に電磁パルス・ボムのダメージなどないような……」


 ルカがもうひとつ疑問を上げると、幹部職員たちは黙った。


「それに、司馬総理が姿を見せなかったことも気に掛かるのです。勝ち戦なら、あの人は前面に出て、ガンガン攻めてくると思うのです」


「確かに、司馬総理ならそうするだろうな」


「やっぱりTokio―Cityは電磁パルス・ボムでダメージを受けているのだろう。それで総理は出てこない」


「さっきの通信は、本当にイージス艦吾妻とつながっていたのでしょうか?」


「加賀美、……市長代理自身が向こうの兵隊と話したのだろう?」


 渋谷広報室長が訊きかえした。


「もし……」ルカは信じたくないことを話すことにした。「……もし、ですが、軍のサーバーをハッキングし、Tokioに電磁パルス・ボムを落とすことができるような、そんな存在がF-Cityの背後で糸を引いていると考えていたら、政府はコンピュータだらけのイージス艦に移動するでしょうか?」


「確かに、ハッキングしてくれというようなものですね。それに、電磁パルス・ボムの攻撃を受けたら、たとえ電磁パルス対策がとられているイージス艦でさえ、機能のいくらかは止るでしょう。退避するなら、地下壕だ」


「しかし、私は吾妻の兵士の声を聞きましたよ」


 古畑が納得いかないというようにルカに目をむけた。


「あれはCGかもしれません」


「ああ、ディープフェイクか。最近は精度が上がっているからな。ディープフェイク対策セキュリティーに引っかからない可能性もある」


「通話場所をイージスのコントロールルームにしたのは、あそこが暗いからだと思います。それなら解像度の低さを暗さのせいに出来るかもしれない」


「なるほど。市長代理のいうとおりかもしれません。しかしそうなると、事実を確認するには向こうに行ってみるしか方法がありませんな」


 石部が吐息をもらした。


「もう一つの可能性があります。まだ中央政府は無事で戦闘態勢にある。中央政府は自分たちが使用した電磁パルスボムによって、自分たちも攻撃を受けたと言って加害性を相殺したうえで、副総理がイージスの指令室で芝居をした。それは時間稼ぎ……」


「時間を稼いで、どうするというのです?」


「地上部隊を接近させるためです。捕虜の奪還部隊……、いえ、第二派の攻撃です。中央政府は特殊部隊の攻撃が失敗するとは考えていなかったでしょうから。地上部隊は、もう近くまで来ているのかもしれない。それなら捕虜の釈放を要求しないことも理解できます」


「考えすぎではありませんか? それではまるでハリウッド映画です」


「ハリウッド映画は独創するけれど、創造力に欠ける政治家や官僚は、それを真似るものです」


「信じたくはありませんが、リスクは最悪を想定しておくべきですな。Cityに通じる主要道路に偵察を出しましょう」


 古畑が腰を上げかける。


「私は、大学に行きます。皆さんは市庁舎の機能回復と市民の安全確保に努めてください」


「大学は、F-City大学ですか?」


「ええ、知り合いの物理学者にソフィを調べてもらうつもりです。秘書AIが使えない今、自分たちの力で何とかしなければなりません」


「物理学者ですか?」


「ええ、フォーブルというコンピュータ・オタクの教授です。在学時、サークルの顧問でした」


 ルカが席を立つと他の幹部職員も後に続いた。


「古畑部長、屋上の兵隊はどうしました?」


 非常階段を下りながら古畑に尋ねた。


「生きていたやつは市警の留置所に放り込んでありますが、死んだ方は、……ひどかったですな。プラズマ銃のあとが刃物で切ったように。……あれほど綺麗に切断されたようになるとは思っていませんでした。……誰があんなことをしたのでしょうな?……軍がサイボーグを作っていることにも驚きましたが。あのサイボーグなら45口径の貫通弾程度では倒せないかもしれませんな」


「……私です」


 ルカは彼を見ないようにして応じた。


「え?」


「私です。撃ったのは……。あのサイボーグはもともと人間で、井上という名前があるのです。いえ、死ぬまで彼は人間でした。痛いとうめいていましたから。……やむなく撃ったのです、私は……」


 あえて言い訳を言った。それを付け加えなければ、自分の精神がもたないという思いが、惨めな言い訳を言わせたのだ。額の古傷がヒリヒリ痛んだ。


「そうですか、名前が……。脱出の際に撃ったのですな。それなら正当防衛だ」


 古畑は珍しく沈思する表情を見せた。


「その時はボーイが助けてくれたのです。それなのに今は彼を信じることが出来ない。それでお願いだけど、あのプラズマ銃を貸してください。これからはヒューマノイドと戦わなければならないかもしれません」


 古畑が顔をしかめ、左右に振った。


「それはいけません、市長代理。ここは法治国家です。たとえ市長代理といえども、銃の所持は認められません。でなければ、市民が法律を守らなくなり、結果、治安が乱れます」


「それは分かりますが、平時ならいざ知らず、今は非常時です。中央政府を相手にしながら、ヒューマノイドの不穏な動きにも向き合わなければならないのです」


 ルカはボーイの姿をイメージしていた。


「それなら、生身の警官の護衛をつけましょう。警官なら武器を所持して歩けます」


 古畑が口角を上げた。


「そういうことですか。ご配慮、ありがとうございます」


 ルカは心から彼に感謝した。

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