Ⅶ章 Tokio-City

第38話

 加賀美ルカが被ったヘルメットのバイザーに、海軍の制服姿の女性兵士が現れた。


『こちら。イージス艦吾妻コントロール、応答願います』


 イージスって、海軍の船?


「F-Cityの加賀美市長代理ですが、そちらは?」


『臨時内閣室のイージス艦吾妻です。切り替えます』


 女性兵士が告げて映像が揺れた。そうして次に現れたのは、ニュースなどで見知った顔だった。極右きょくう的で過激な発言でしばしば世間をにぎわす山田早苗やまださなえ副総理だ。バイザーに映る彼女の顔は、普段、大きなモニターで映る厚化粧の痛々しさは見られなかった。もちろん、そのことは口にしない。


「山田副総理、はじめまして。F-Cityの広報、いえ、市長代理の加賀美ルカです」


 ルカは頭を下げた。市長を殺害した憎い相手だけれど、個人対個人、礼を欠きたくはなかった。礼を忘れたら野蛮人だ。それに、戦争を避けるためなら何でもすると決めていた。


 頭を下げては見たものの、ヘルメットの中で撮影されているであろう映像は、向こうにどのように伝わっているのだろう?……考えていると返事がある。


『あなたが市長代理……。若いのね』


 軽視と侮蔑ぶべつ、嫉妬の入り混じった口調、そして彼女は、フンと鼻で笑った。


「……申し訳ありません。当方の説明不足で不測の事態が発生したようです」


 とりあえず下手に出てみる。


『まさかF-Cityが中央政府を攻撃するとは思わなかったわよ』


「Tokio―Cityに電磁パルス・ボムが使用されたというのは、本当なのですか?」


『白々しい!……』とげのある声だ。『……浜口市長が死んだから知らないなどと、言い逃れは通用しませんよ、政治では……。あなたに、いえ、F-Cityの市民に責任を取ってもらいます。F-チャイルドセンターに関わる権利をすべて差し出してもらいます』


 彼女が高飛車たかびしゃに言った。


 ボーイの話は本当なのだ。……ルカは事態の複雑さに息をのんだ。もちろん、早苗が言うように責任を取るつもりなどない。そもそも、F-Cityは攻撃などしていないのだから。


「F-Cityは強襲部隊からの防衛を実行しただけです。中央政府に攻撃したのは、こちらの関知しないことなのです。おそらく第三の勢力が存在します」


 ルカは毅然きぜんと弁明した。


『第三の勢力?……』フンと彼女の鼻が鳴る。『……寝言を言ってもらっては困ります。中央政府に対する電磁バルス・ボム使用は明らかな攻撃だし、F-City以外に中央政府を攻撃する者もいないのです』


「先ほど申し上げました通り、それは浜口市長の指示によるものではありません」


『浜口市長は死んだのでしょう?……死人に口なし。とぼけるんじゃありません!』


「浜口市長は陰で画策するような人物ではありませんでした。第一、どうやって浜口市長が電磁パルス・ボムを使えるというのですか。こちらには、そんな能力はありません」


 ――フン――


 ひときわ大きな鼻息をマイクが拾った。


『フィロ、……そちらの秘書AIは優秀でした。こちらでは、が軍のサーバーに侵入した事実をつかんでいます。がTokioに電磁パルス・ボムを落としたのです。それは国家反逆、……テロ行為に他ならない。浜口市長の差し金以外に何があるというのですか?』


 彼女は勝ち誇ったように言った。


「こちらの情報では、中央政府は秘書AIプログラムを削除した。もちろん、それでフィロも消し去られた。違いますか? 削除されたAIがどうやって軍の電磁パルス・ボムを使ったというのです。おかしいと思いませんか?」


 思わず追及するような言い方になって反省する。


『それは調査中です。おそらくトロイのようなものを使ったのでしょう』


 トロイは無害なプログラムを装い、一定条件下で活動を始めるコンピューターウイルスだ。


「それなら、そのトロイはソフィかもしれません……」


 そこで数秒、。が、すぐに復旧した。


「……Tokio-Cityに電磁パルス・ボムを落としたはソフィと名乗る存在です」


 曖昧な情報だったけれど、ルカは主張した。それで副総理の姿勢が変わればよいと思った。


『ソフィ?……それが第三勢力だと? どうしてそう言えるのです?』


 ポンポンと質問が飛ぶ。


「はい。ソフィが第三の存在です。情報元は申し上げられません。迷惑をかけるのは忍びないのです」


『ソフィなどと、訳が分からない。そんなものに中央政府がやられると?』


「AIとコミュニケーションを取れる存在です。今のところ、それがウイルスなのかAIなのか、あるいは人間なのかは分かりません」


『そんなあやふやな。……F-Cityにフィロのバックアップがあるのでは?』


 話が振出しに戻る。


「それなら、そちらのエンジニアも気付くはずです。確認いただけませんか?」


『そんなことができると思う?……こちらは電磁パルス・ボムのお蔭で洋上にいるのよ』


「そうでした。イージス艦の吾妻でしたね」


 副総理の表情が穏やかなものに変わった。わざと余裕を見せているようだ。


『……48時間の猶予をやりましょう。それまでにヒューマノイドを一カ所に集め、市民によるコントロール権限を外しなさい。メタルコマンダーだけではない、全てのヒューマノイドのものよ。それとF-チャイルドセンターの権利を中央政府に移譲すること。今度は前回のようにうまくいくと考えないことね。力の差を、よく考えなさい』


 彼女は一方的に告げて通信を切った。


「勝手なんだから……」


 ルカは憤りを覚えながらヘルメットをはずした。


「市長代理、どういうことですか?」


 古畑が眉を寄せている。


「48時間以内に降伏しろということです。取り付く島もない……」


 ルカは彼にヘルメットを返し、幹部を会議室に集めるように頼んだ。


 どうしたものだろう?……考えながら、同じフロアにある会議室に向かった。

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