第35話
市庁舎付近を除けば街や市民に目だった被害はなく、住民の大半は戦闘があった事実さえ知らない。朝を迎えた彼らは、職場を目指し、あるいは買い物で街の中心部に入ってから狼狽した。
市庁舎付近の様相は昨日と一変している。シャッターが降りたままのビルやマーケット、灯らない信号機、消えた宣伝広告、放棄された自動車やバイク。……何よりも、路上にヒューマノイドの警官や救急隊員が転がっている。それはシュールな景色だった。建物の内部には、さらに多くのヒューマノイドが倒れているに違いない。
異様な光景を目にした市民は、家に帰る者と市庁舎に向かう者とに分かれた。
情報に鋭敏な人々は野次馬と化し、情報を求め、あるいは好奇心を満たすために、ひっそりと息をひそめる市庁舎を目指した。
実際は、市庁舎から遠く離れた場所でも市民への影響はあった。街の中心部にあった金融機関のサーバーが壊れ、電子マネーや店舗の電子決済システムが使えなくなっていた。
困惑と不安で市民が暴徒化しないよう、電磁パルス・ボムの影響を受けなかったヒューマノイドの警官たちが治安活動にあたった。彼らは人間の数倍の速度で移動できるうえに、72時間は連続で活動できる優れものだ。
ルカが乗った車は、ともすれば道路に飛び出してくる市民を
右往左往する彼らを安心させるのが、今の自分の使命だろう。浜口市長はそのために、広報活動で顔を知られた自分を市長代理に指名したのに違いない。自分には、市民に耳を傾けさせる程度の人気がある。そんな自覚があった。
「ボーイ、お願いがあるのだけど」
「何でしょう?」
彼は正面に座っていた。まるで昔からそうしていたように一緒にいる。彼はいつまでついてくるつもりだろう? 帰る場所がないのだろうか?……疑問を殺して頼むことにした。
「F-Cityを建設したのは森羅産業よね?」
「100年前という前提ならYESです。その後、他の建設会社によって様々な建設が行われていますので……」
ルカは冗長な話を遮る。
「市庁舎を建てたのも森羅産業でしょ?」
「もちろんです」
「それなら設計図や設備の資料は残っていますよね?」
「ハイ」
「森羅産業で市庁の機能回復にあたって欲しいのです。早急に」
当然、YESと応じてくれるものと思っていた。
「それはどうでしょう……」
彼が渋った。
「どうして?」
「現在のF-Cityは中央政府の敵対勢力です。森羅産業の経営を考えた場合、F-Cityの取引額より中央政府のそれの影響が大きいのです。森羅産業としては、中央政府の意向を無視できません。修理に入るには、中央政府の内諾、最低でも黙認の確約が必要です」
「それなら、どうしてボーイは私を、違った、浜口市長を助けに来たのですか?」
「既にお話ししたはずです。ソフィの依頼です」
「また、ソフィ……」いったい、どうなっているのだろう?「……ボーイにとって、森羅産業よりソフィのほうが大事なのね? それじゃ、ソフィのために市庁舎の機能回復に協力してください。お願いします」
頭を下げながら、これでどうだ、と闘争心を燃やした。
「そういうことなら……」ボーイが妥協を示した。「……ただし、協力できるのは森羅産業ではなく、私個人です。できる範囲で良いというのなら」
「ええ、それでも構わない。お願いします」
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