第33話

 ルカはボーイに向いた。彼ならノイドネットワークでフィロと話せるに違いない。


「ボーイ、フィロが削除されたというのは本当なの?」


「事実です」


 ボーイが静かに応じた。


 ルカは驚いた。市庁舎の屋上で聞いた話とつじつまが合わない。ヒューマノイドが人間に対して噓をつけるのか?……そうして思い出した。彼には3原則チップが搭載されていない。人間をだますことも殺すこともできるのだ。


「……あなたを私の所によこしたのは、誰?」


 あの時、彼はフィロに聞いて助けに来たのではなかったのか?


 ボーイは視線を二階堂に移すと頭を横に振った。


 その場では答えられないということか?


「彼に知られてもかまいません。本当の戦争をしているのではないのだから」


 ルカは虚勢きょせいをはった。目の前で行われたのは殺し合いであり、間違いなく戦争だ。しかしそれを認めてしまうと、中央政府との和解が遠のいてしまう気がした。


「軍が派遣されて電磁パルス・ボムが使用され、市庁舎の機能が失われました。人命も失われています。これが戦争でないと否定する根拠が見当たりません」


 ボーイがルカの発言を否定した。


「これは人間同士の誤解が生んだ事故なのです。このまま放っておいたら本当の戦争になるかもしれない事故です。だから、問題には真摯に向き合う必要があるし、誤解を拡大させないためにも、それぞれの情報を開示する必要がある。だからボーイ、事実を話してください」


「無理だ。ヒューマノイドに人間の理屈が通じるものか」


 二階堂の顔に皮肉な笑みが張り付いていた。


 ところがボーイの視線が泳ぎ、頬が細かく痙攣していた。明らかに困惑している。


 ボーイは少し眼を閉じ、決心したように頷いた。それは豊臣アキラが何かを決意した時の表情なのだろう。


「ソフィです」


 ボーイの発言にルカは首を傾げた。そして二階堂をうかがった。自分の知らない誰かの名前を、国軍の少佐なら知っているかもしれない。しかし、彼の表情もまた、ルカと同じだった。


「ソフィ?……それは誰なのですか?」


「ソフィはソフィであり、それ以外の何ものでもありません」


 断定的ではあるけれど、不合理でヒューマノイドらしからぬ表現。……ルカはまじまじと彼の顔を見つめ、それから尋ねなおした。


「どこかの秘書AIではないのね?」


「その通りです」


「ヒューマノイド?」


「いいえ。先ほども言った通り、ソフィはソフィです。現在は、この世界に唯一無二の存在です」


「現在は?」


 ルカはその文言に引っかかった。唯一無二という言葉もそうだ。


「そいつも国軍のサーバーを覗いているのか?」


 二階堂が声を荒げた。それを、ボーイは無視した。


「分かるように説明してくれない?」


 しばらく返事を待ったが、ボーイは答えなかった。まるでを曲げたようだ。


「変な流れになりましたね。二階堂さん、とりあえず中央政府と連絡を取りたいのだけれど、市庁舎の電子機器は使えなくなってしまいました。連絡をつける方法はないですか?」


「強襲ドローンの無線なら問題なく届くが、何を話すつもりだ?」


「もちろん……」


 ルカの言葉をボーイが遮る。


「それは不可能です」


「自分が嘘を言っているというのか?」


 二階堂が冷たい視線をボーイに向けた。


「中央政府の電子機器も破壊されたため、相互に連絡を取るのは不可能なのです」


「なんだと?」「どういうこと?」


 二階堂とルカの声が重なった。


「ソフィが、先ほど中央政府地区と国防省地区に電磁パルス・ボムを落としたからです」


「何を馬鹿な……」と二階堂。


「攻撃したということ?」


「その通りです」


「ありえない。EMPB電磁パルス・ボムは軍にしかない。それを使うなど不可能だ」


 二階堂が立ち上がろうとして、拘束された椅子をガタガタいわせた。


「ソフィは、何故、中央政府を?」


 ルカは訊いた。


「目には目を、歯には歯を。人類の基本的な行動原理に基づいた行動と推測します」


「ソフィは人間なのね。しかもF-City側の人間……」


「いいえ。ソフィに関わる質問は、すでに答えたとおりです。……現在、遠隔地のコミュニケーションは不可能です。全国のCityは分断された状態に置かれています」


「ソフィの指揮する戦闘員が、中央政府を占拠している可能性は?」


 ルカの問に二階堂も反応した。眉をしかめてボーイの応答に注目している。


「データ不足のため、その推測は不可能です」


 ボーイは謝罪でもするかのように、少しだけ頭を下げた。


「ちょっと待ってくれ……」二階堂が言った。「……市長の死亡を、部下が中央に報告している。向こうでEMPBが使われたなら、連絡は取れなかったはずだ。少なくとも、他の基地からそうした連絡があるはずだ」


「ソフィが電磁パルス・ボムを使ったのは、その通信の後、今から十数分前のことです」


 ボーイが短く説明した。


「二階堂さん。中央政府が機能停止に陥っていた場合、二次攻撃の可能性は?」


 ルカの問いに、二階堂は少し考える様子を見せた。それから、おもむろに口を開いた。


「政府と軍の中枢が電磁パルス・ボムの被害を受けているのなら、二次攻撃の可能性は低いと思う。本部機能の回復を優先するだろう」


「信じてもいいですね?」


「責任は持てない。あくまでも自分個人の判断だ」


「良かった……」


 思わず本音がこぼれた。


「しかし、我々からの連絡がなければ、威力偵察いりょくていさつ部隊を派遣するだろう」


「威力偵察?」


「十分な攻撃力を供えた偵察部隊だ」


「それまでは、時間があるということですね」


 ルカは大塩に礼を言い、仮の取調室を出た。


 威力偵察部隊が来る前に、自分は何をすればいいのだろう?……全く見当がつかない。ボーイを横目で見る。フィロはすでになく、ソフィがそれに代わっている。そのことを隠されていた今、ボーイのことも信じ難かった。


「どうなっているのよ……」


 つぶやきながら倉庫を出た。どこに行って、何をすればいいのか、まったく思いつかない。分かっているのは、中央政府と連絡を取り、F-Cityに戦う意思はない、と説明しなければならないということだ。

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