第32話

 そこは窓のない狭い空間だった。小さな机と椅子があり、捕虜の兵士ひとりと大塩が向かい合う形になっていた。彼ら以外には、武器をもたない人間とヒューマノイドの武装警察官ひとりずつが壁際に立っている。記録は机の上に置かれたボイスコーダで取っているようだ。


 聴取を受けるのは特殊部隊の指揮官だった。手足が手錠で椅子に固定されている。


 意志の強そうな瞳と角張った顎、張のある皮膚。がっしりとした骨格と厚い胸。……30代だろうか?


「話を聞かせていただけますか?」


 ルカは、それまで大塩が掛けていた椅子に腰を下ろし、ボーイはルカの斜め後ろに立った。大塩はドアの前で両腕を組んで様子を見守る。


 椅子に固定された兵士は、ボーイに鋭い視線を向けた。好意的とは思えない眼差しだった。当然だ。ボーイがいなければ市庁舎での形勢は逆転しなかったし、強襲ドローンは破壊されず、こんなに早く降伏することもなかっただろう。


「彼はボーイ。私の友人です」


 紹介すると兵士の眉が動いた。怒りと猜疑さいぎの混じった表情は変わらない。


「話せることは限られている」


 彼の声は太く、言葉は短い。


「ええ……」ルカはうなずいて応じた。「……まず、あなたの名前を教えてください」


二階堂彰人にかいどうあきひと。少佐だ」


「それでは二階堂さん。軍はF-Cityを占拠してから、どうする計画だったのですか?」


「それは政治家の仕事だ。自分は、目標を占拠することと市長の連行を命じられたに過ぎない」


 二階堂は表情を変えない。


「連行? 市庁舎に来た兵隊は市長を殺してしまいましたが……?」


「それは結果だ。市長連行時、生死は問わないと命じられている」


 事務的な返答に、ルカの感情が揺れた。……彼にとって市長の命は書類にチェックを入れる程度のことだったのかもしれない。


「あなたは国民を殺しても平気なのですか? おかしな命令だと思わなかったのですか?」


「自分は、……軍人は装置だ。命令に個人的な意志は挟まない」


「軍人である前に、人間ではないのですか?」


「無意味な質問だ」


 彼は唇を結んだ。


「では、中央政府から撤退命令が出たのに、なぜ無視したのですか?」


「撤退命令など出てはいない」


「午前3時20分ごろです」


「誰がそれを?」


 二階堂の眉が動いた。


「訊いているのは私です」


「機密だ。理由もなく答えるわけにはいかない」


「命令を聞かなかった理由を教えてもらえたら、私が、それを知っている理由を教えます。交換条件、それならいいでしょ?」


 二階堂が少し考えてから頷いた。


「命令は暗号でなく、平文ひらぶんだった。作戦行動開始後の平文命令は無効と決められている」


「私たちを騙そうとしたわけね?」


「通信は副総理からだった。軍は関知していない」


 政治家の策略にはまったのか。……ルカの胸が悪くなった。


「……で、City側はどうして撤退命令を知ったのだ? アマチュア無線程度では軍の通信は聞き取れないはずだ」


「フィロよ。F-Cityの秘書AIは優秀なのです」


 二階堂の頬がピクリと動いた。


「その秘書AIが通信を傍受するなどあり得ない。フィロは、我々の行動開始前にアンインストールされた」


「アンインストール……」


 ルカは困惑した。フィロ以外に中央政府の情報を知らせる存在はない。第一、自分の市長代理就任をフィロから聞いた人物がいる。腰をひねり、ドアの前の大塩に目を向けた。


 彼は半眼で、石像のように動かない。


「警視、あなたは私の市長代理の件をフィロから聞いたのですよね?」


「はい」


 大塩は目を開き、真顔でうなずいた。


「それはいつ頃ですか?」


「戦闘終了直後、市長代理と交信する直前です。それがなければ、あなたが乗ったドローンからの通信回線を開くことはなかったでしょう」


「バカな!」


 二階堂が腰を浮かす。椅子とつながった手錠のチェーンがガチャガチャ鳴った。

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