第31話
F-チャイルドセンターには三つの部門があった。一つは、人工出産システムで子供を生み出すベビーセンター、その赤ん坊を育てるのがもう一つの部門の
国軍が占拠しようとしたのは管理部門とベビーセンター内のコントロールルームだった。それらを抑えれば、F-City側は太刀打ちできなくなる。
一息ついたルカは、センターの被害状況を確認するために国軍が侵入したと教えられた場所に足を運んだ。途中、国軍兵士の遺体を運ぶ武装警官とすれ違った。彼らの視線は美形のボーイに向いていて、ルカに注意を向ける様子はなかった。
管理棟の廊下やベビーセンターの玄関ホールには無数の弾痕や鮮明な血痕があって、すれ違ったばかりの遺体を思い出させた。
職員たちは、戦闘の恐怖を忘れようとでもいうように、わき目もふらず働いている。ある者は設備に故障がないか点検し、ある者は血痕を洗い流し、ある者は泣き叫ぶ子供たちをなだめ、あやしていた。
「育児ヒューマノイドが多いのですね。浜口市長が、ここでヒューマノイドが働くことを認めたのはたった3カ月前なのに」
気づいたのは、育児にあたる労働者の半数近くの額に〝θ〟の記号があることだった。
「働いていた保育士が仕事を失ったわけではありません」
ずっと付き従っているボーイが答えた。
「……確かに、前に来た時より保育士の数が多い気はするけど……」
ルカが前に取材に来たのは半年ほど前だ。
「ヒューマノイドの保育士は、今、研修中なのです。多くの保育士からノウハウを学び取っているところです。彼らは学んだことをノイドネットワークで共有することで、人間の数十倍の速さで専門知識とテクニックを体得します」
そう教えられ、ルカは納得した。
職員が忙しく、飛ぶように働く一方、センター長の
遠くでルカを見つけた寄宿舎の寮監、佐藤が急ぎ足で向かってくる。それを目の隅に捕えながら、間山に声をかけた。
「センター長、お疲れのようですね」
「あら、加賀美さん……」彼女は力なく立ち上がる。「……今日は、何か御用ですか? とても取材を受けられる状況ではないのですが……」
ホッとため息をつく。
市長が殺害されたことも、ルカがその権限を引き継いだことも、一部の幹部しか知らない。間山は広報担当者としてルカを見ていた。
「ハイ、分かっています。子供たちは全員無事ですか?」
「ええ。みんな無事です。ベビーセンターの保育器も被害を免れました」
彼女はそう答えたが、やって来た佐藤が「実は……」と声を潜めた。
「……
「弓田未悠?……」
間山が顔を曇らせた。
「五歳児です」
「ああ、あの、いつもヘッドフォンをしているおとなしい子……」
あの子か!……ルカも、身体に似つかわしくない大きなヘッドフォンを、まるでマフラーのように首に引っ掛けていた幼女を思い出した。彼女を見たのは、1年も前の取材の時だった。
「探しましょう」
ルカが走り出そうとするとボーイに腕を取られた。
「市長代理には、中央政府との交渉があります。子供を探すのは、職員と警察に任せてはいかがですか? まるで本来の責任から逃げ出そうとしているように見えます」
痛いところを突かれ、グーの音も出ない。
ルカが市長代理になったと知った間山と佐藤が目を瞬かせていた。
「そ、そうよね」
ルカは間山のスマホを借りて大塩に連絡を入れ、捕虜の管理に影響のない範囲で未悠を探すように頼んだ。
倉庫への戻り道、ボーイに声をかけた。
「フィロと連絡は取れないでしょうか?」
「市庁舎の電子機器が破壊されたので、Cityネットワークで連絡を取るのは不可能です」
ん、ノイドネットワークは?……嫌な予感がする。しかし、それを深堀りするのはボーイを疑っていると言うのも同じだ。一旦、疑問を保留にする。
「中央政府の情報を知りたいのだけれど、手はないでしょうか?」
「捕虜がいます。彼らなら多少の情報は持っていると思います。通信機も使えますが、中央政府側が応答するか、それは分かりませんね」
「でも、その手があったわね」
捕虜から情報を得たうえで、彼らの通信機を使って中央政府と交渉しようと思った。初戦、F-Cityが勝利した。その実績をもって和平交渉するしかない。
倉庫内の様子は少し変わっていた。救急隊に運び出されたのだろう、負傷者の姿はなくなっていて、遺体がひとつ増えている。
大塩の姿がないので捕虜を見張っている武装警官に居所を尋ねた。さらに奥のスペースで尋問にあたっているという。
願ってもいないチャンスだ。……ルカは尋問に立ち会うことにした。
「加賀美です。聞きたいことがあるのですが……」
ノックをして声をかけると、中からドアが開いた。
「市長代理、何でしょう?」
ドアの隙間から大塩の顔が半分覗いた。
「私も立ち会わせていただけませんか? 中央政府の意向のようなものがあるなら聞きたいのです」
「なるほど……」
彼は理解を見せて、ルカとボーイを中に入れた。
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