第30話

 ボーイは、強襲ドローンを駐車場上空で旋回させながら、操縦席のコントロールパネルのボタンを何度か操作した。すると、そのモニターに武装警察の制服姿の男性が映った。


『市警本部の大塩警視です。加賀美市長代理、お疲れ様でした。国軍の攻撃部隊は降伏しました。今、武装解除を行っています。市長代理が強襲ドローンを撃破したおかげです』


 彼から市長代理と呼ばれるのに違和感があった。自分自身がそれを聞いたのは、市庁舎を襲った兵士やボーイからで、市長本人ではないからだ。狐に鼻をつままれたような気持というのは、こういったことだろう。


「大塩警視、私は市長の代理になった覚えはないのですが……」


『保安部や県警との連絡が取れないのですが……』


 交信になれない二人の声が交錯した。


「……電磁パルス・ボムで、市庁舎の機能は完全に停止しています。県警も同じでしょう。当分、そことの無線も電話もつながらないと思います」


『そうでしたか。……ところで、市長は亡くなったと、捕虜がそう言っています。事実ですか?』


「……え、ええ」


『市長がメタルコマンダーの指揮権を接収する際、宣言書でうたったそうです。自分が死んだら、あなたを代理にすると。いや、実際その音声を、私は聞きました。フィロが記録していたのです』


「フィロが?……そうでしたか……」


 じわりと熱く悲しいものが胸を満たした。


「……警視、そちらに被害はありませんか?」


 あえて冷静を装って尋ねた。


『ここでは警官3名が殉職しました。ヒューマノイドの警官は7体破壊されました。ヒューマノイド工場では被害ゼロです。市庁舎の方は、連絡が取れないので分かりませんが、市長代理は何かご存知ですか?』


「私も拘束されていたので分からないのです」


「市庁舎1階ホールで警官2名の遺体を確認しています」


『あなたは?』


「森羅産業社長秘書のボーイと申します。市庁舎の機能がダウンした後に、駆けつけました」


 ボーイはそうしたやり取りをしながら、煙を上げている強襲ドローンの隣に自分たちの強襲ドローンを着陸させた。


 ルカは強襲ドローンを降り、ボーイに案内されるままに進んだ。F-チャイルドセンターには毎年数度、取材にやって来る。それで建物の配置には詳しいと自負していたのだが、ボーイに導かれたのは子供たちが住む寮の裏手にある倉庫で、まったく知らない場所だった。


「こんな場所まで、……ボーイは何でも知っているのね」


「私の脳は、常にネットとつながっています。公開されている場所で、知らないところはありません」


 倉庫の観音開きの扉を開けると、そこに巨大な弾倉の機関銃を抱えた3体のメタルコマンダーがたたずんでいた。その姿は安物のマネキン人形のようにしか見えないが、全身のセンサーを駆使して捕虜の動きを監視しているに違いない。


 壁際にはシーツをかぶせられた武装警察官と国軍兵士の遺体が並んでいた。少し離れた場所に重症者が座り込み、あるいは横になって救急隊の到着を待っている。


 ルカは死者に手をあわせ、負傷者を励ました。


 大塩がやって来て、ルカ、ボーイの順で握手を交わした。小さなモニターで見たより皺が深く、年齢が高そうだった。


「それにしても、あなたが市長代理とは……」率直な大塩の言葉には面食らったが、無視した。


 埃っぽい倉庫の奥、狭い空間に椅子が並べられていた。そこには20名を超える武装警官が集まっていた。その中に武装解除し、手錠につながれた特殊部隊員の姿があった。中には女性兵士もいた。


 見覚えのある顔に目が止まる。ルカを拘束してからここの部隊の支援にまわった青山のほっそりとした顔だ。


 ルカの顔を見た青山が目を丸くし、口を開いた。


「自分の部下はどうした?」


「エッ……」


 拘束された時の恐怖が蘇り、とっさに言葉が出ない。


「彼らは、よく戦いました」


 答えたのはボーイだった。


 青山が炎を湛えた目を細めた。


「まさか、戦闘ヒューマノイドでもない君が3人も倒したのか?」


「……いえ」


 ボーイの視線がルカをかすめた。


 プルプル、とルカは首を振った。井上を殺したのは自分ではないと思いたかった。


「まぁ、運が良かったのです。二人は拘束して市庁舎の屋上に置いてきました。ひとりは残念ながら……」


 ボーイは暗い表情をつくってうなだれた。額の印がなければ、100人が100人、彼は人間だと思うだろう。


「彼らをどうするのですか?」


 ルカは大塩に訊いた。


「調書を取ったうえで、処分を決めることになると思う。その時は……」彼の視線がルカに向く。「……市長代理の意見も聞かせてほしいですね」


「私なんて……」そう言ったところで、こんなことではいけないと思った。経緯はどうあれ、今は市長代理としての責任がある。「……分かりました」


 そう応じてからひとつ気づいた。


「……あのう、警視……」


「何でしょう。市長代理?」


「もしかしたら、中央政府との交渉は、私がしなければならないのでしょうか?」


 尋ねると、一瞬、大塩の表情が凍った。それからおもむろに口を開いた。


「私などには分かりませんが、常識的にはそういうことになるでしょう」


「ですよね……」


 膝から力が抜けた。


 大切なことを忘れていたのに気づいた。


「警視、国際港の状況はどうなっていますか?」


「先ほど連絡が入りました。メタルコマンダーが制圧したそうです。当方の被害は死者1名軽傷者17名、メタルコマンダーの被害は1体です。捕虜は本来なら県警本部に収容すべきですが、市庁舎付近は電子機器がなので、ここに集めます」


「そうですか」


 捕虜の対応は大塩に任せ、ルカはその場を離れた。

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