第29話

 二人は通路を進み操縦室に入った。ボーイは機長席に、ルカは副操縦席に掛けた。


 ボーイが操縦席のパネルを操作するとプロペラが回り出す。


 彼は操縦桿そうじゅうかんを握った。


「マニュアルなのですか?」


「軍の乗り物はハッキングされないよう、基本、マニュアルです。オートパイロットも可能ですが、私はマニュアルが好きなのです。……飛びますよ。準備はいいですね」


「OK」


 どんな準備がいるのか知らないので慌てて目の前の操縦桿を握る。


「操縦は私がします。操縦桿は放してください」


「アッ、そうなの」


 言われた通りに手を放した。


 機体がヘリコプターのようにふわりと宙に浮き、あっという間に高度を上げた。ヘリポートに残る2人の兵士と井上の遺体は、人の形にさえ見えなくなる。市庁舎の窓はどれも真っ黒でビルは廃墟のようだ。


「電子機器は全部入れ替えないとだめですね。修理にどれだけかかるのかしら?」


 ルカは額を右手で支えた。まだ悩みの種が増えた。税金でまかなうとはいえ、他人事とは思えなかった。ジワリとおおやけがルカに浸透していた。


「中央政府に請求すれば良いのですよ」


「そうね」


 世間話のように応じた。中央政府が易々と弁償してくれるとは思えない。


 ボーイの操縦で、強襲ドローンは朝日に向かうように飛んだ。


「でも、ボーイ。よく市庁舎に入れましたね」


「さっきも言いました。森羅産業のヒューマノイドは頭脳明晰です」


「こんな所で会社の宣伝ですか?」


 ヒューマノイドだからだろうか……。笑えない冗談を言うものだ。


「いいえ、私は特別だと自慢したのです」


「そうね。あなたは優秀だわ。少しあなたのことを教えてもらえますか?」


 ボーイに抱きしめられた時の感触を思い出す。何故、彼は自分を抱きしめたのだろう? まるで人間のように……。


「私のスペックですか?」


「ん……、ちょっと違うかな。……知りたいのは、あなたがどこで生まれて、どんな暮らしをしてきたか、何が好きで何が嫌いか、……そんなことです」


 ルカの疑問にボーイは戸惑っているように見えた。


「そんなことを知りたいのですか? 意味があるとは思えません」


「知りたいのです」


「どうしても?」


「どうしてもです」


 そんなやり取りの後、ボーイは渋々といった様子で話し始めた。


「もともと私は豊臣アキラのために作られたAIです。アキラは生まれつきのひどい難聴でした。それで父親が補聴器にAIを組み込んでアキラに取り付けたのです。それが私です」


 補聴器と知って驚いた。そして理解できないことがあった。


「取り付けた?」


「当時の形成外科手術でも新しい耳を再生することは可能でしたが、アキラの父親は、息子に普通以上の耳を与えようと考えたのです。……私は、アキラの中耳ちゅうじの中にあって大脳と直接データをやり取りしていました。ただ音を送るのではなく、情報を選択し、時には不足情報を追加して提供します。そうやって私はアキラと共に成長しました。私は外部情報を提供し、アキラから感情を学びました。私とアキラは良い友人でもあり、兄弟でもあるのです。私はアキラが森羅産業の役員に就任した時、頼んでこの身体を得たのです」


「それで人間と似たような判断ができるのですね」


 ボーイの行動は、豊臣アキラの行動パターンから学んだものなのだろう。


「ええ。御覧のように元々が人間の内部デバイス端末だったために、コアには三原則ROMも組み込まれていません」


「それで国軍の兵士を攻撃することも出来たのですね」


「私が怖くなりましたか?」


 ボーイの肉体は機械でも、心は人間のような気がした。そんなボーイの存在は神秘的で、横顔から目が離せなかった。……怖い? いいえ。でも、よく分からない。……何かを答えなければ、……そんなことに迷っていると、先に彼が声を発した。


「F-チャイルドセンターです」


 前方に目をやると、F-チャイルドセンターの広大な敷地の駐車場に、黒い亀が横たわっていた。強襲ドローンだ。その周辺で戦闘が行われているような形跡は見えない。


「戦闘は終わっているの?」


「おそらく建物内部で戦っているのでしょう」


 ボーイは強襲ドローンを旋回させながら人感レーダーを起動した。建物の外に人間の反応はなかった。


「あれを破壊できますか?」


 ルカは地上にある強襲ドローンを指した。


「良いのですか?」


「敵の戦意をくじくのです。帰還手段を失ったと知れば、戦闘を諦めるでしょう」


窮鼠きゅうそになる可能性もあります」


「そうかしら。賭ける?」


 こんな時に何を言っているのだろう。……狂っているのかもしれない。自分の思考を疑った。

 

「いいえ。運はあなたの方が強そうです。そうでなければ、あなたは生き残らず、プラズマ銃は私をも溶かしていたかもしれません。では、出産センターに障害が出ない程度に破壊しましょう」


 皮肉かどうかわからない。ボーイの言葉にはルカも笑えなかった。プラズマ銃が井上だけに当たったのは偶然に違いない。それは自分の運が良いからか、ボーイの運が良いからか、そんなことが分かるはずがない。ただ、井上の千切れた身体が脳裏を過った。


 ボーイは強襲ドローンの高度を下げ、地上の強襲ドローンの正面にふわふわと静止させた。機体を安定させ、正面の強襲ドローンの操縦席付近に向かって重機関砲を打ち込む。


 ドンドンドン、……重砲の発射音と反動がルカを痺れさせた。


 ボーイは素早く操縦桿を引いて高度を取り、旋回しながら地上の特殊部隊からの反撃に備える。


 地上の強襲ドローンを閃光が包み、やがて静寂が訪れる。操縦席内部から黒い煙が流れだして機体を隠した。


 ほどなく黒煙は風に流され、機体が現れる。その前脚がゆっくりと折れるのが分かった。ズズン、……鈍い音をたてて強襲ドローンは車に引かれたヒキガエルのように地べたに頭を突っ込んだ。

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