Ⅵ章 秘密

第28話

 市庁舎屋上、……ルカが我に返ったのは、倒れている岩本と土田を拘束するために、ボーイが離れたからだった。その時は、再び海に沈むような不安を感じた。座ったまま自分の身体を両腕で抱くようにして、ボーイが国軍の兵士を拘束するのをぼんやり見ていた。


 彼は、兵士自身の戦闘服の袖やベルトを利用して身動きが取れないようにし、遺体には自分のジャケットを掛けてルカの元に戻った。


「今は戦闘中です。あのサイボーグ兵士が何者なのかは、後で考えましょう。今のあなたは市長の代理に指名されているのです。City内のメタルコマンダーの指揮権は、あなたの手の中にあるのです」


 その言葉にルカの理性が悶えながら頭をもたげた。


 市長代理としてF-Cityを守らなければならない。……使命感が気持ちを整えた。


「私は何をすればいいのですか?」


「あなたならできます。まずは、ヒューマノイド工場に退避しましょう」


 ボーイの冷静な言葉に、うなずいて応じた。手足に力が戻ってくる。ボーイの力も借りて、立ち上がるのに力を振り絞った。


「他の場所も同じ状態なのですか?」


「電磁パルス・ボムが使用されたのはここだけです。他の施設は中央政府にとっても破壊できない重要な施設なのです……」


「でも、強襲ドローンはそこにも……」


「ヒューマノイド工場はメタルコマンダーが特殊部隊をすみやかに排除しましたが、F-チャイルドセンターでは、戦闘が続いています。子供たちの避難が障害になったようです。国際港へはヒューマノイド工場から四体のメタルコマンダーが向かっています。……加賀美さんは安全なヒューマノイド工場から全体の指揮をとってください」


 ボーイの提案に対し、ルカは首を左右に振った。


「それではだめです。F-チャイルドセンターに行きましょう。そこがF-Cityの最大の価値であり、アキレス腱です。F-チャイルドセンターを守らなければ……」


「何を言うのです。危険すぎます」


「ここにいた特殊部隊がセンターに向かっているのです。到着すれば、均衡が崩れてしまうでしょ?」


 決断すると足の震えが止まった。


「我々が行ったところで、戦力にはなりません」


「戦力になるかどうかは、行ってみなければ分かりません。大切なのは、あそこにはF-Cityの未来が眠っているということです。だから、何としても守らなければならないのです」


「分かりました」


 ボーイが折れた。ルカをなだめるように……。


「分かってくれて嬉しいです」


「いえ、分かったのは、浜口市長がどうしてあなたを後継者に指名したかです。では、F-チャイルドセンターに向かいましょう。電磁パルス・ボムの影響でこの一帯の乗り物は動きません。あの強襲ドローンを借りましょう」


 ルカは、ボーイの視線の先にある亀のような形の乗り物に目をやった。甲羅の周囲から八つのプロペラと、後部にハイパーイオンエンジンが付き出したドローンだ。


「動かせるのですか?」


「私を誰だと思っているのです。森羅産業のヒューマノイドですよ。力はありませんが、頭脳明晰です」


 ボーイが自分の頭を指し、強襲ドローンに向かった。


「心強いわ」


 彼の後を追う。


「この強襲ドローンも森羅産業社製です」


 言いながら、彼は扉の隣にある小さなハッチを開けて内部のボタンを操作する。グイン、と鈍い音がして扉が開いた。


「頼もしいです。お願いしますね」


 恐る恐る強襲ドローンに乗り込み、内部を見渡す。軍の兵器だけあって無機質なつくりだった。


 ドローンの扉が閉まった瞬間に、ルカは井上の流した赤い血を忘れた。正確には意識的に記憶に蓋をした。

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