第26話
「やれやれ」
青山の姿がその場から消えると岩本
装備は立派でも、モラルは低そうだ。……ルカは勝手に発砲した井上や、ヘルメットを外した岩本の態度から判断した。
岩本は自分とそう年齢が違わないようだ。同じ人間だ。……ヘルメットの中から現れた青年の顔を見て勇気がわいた。
「あなたも日本人なのよね」
声をかけると、彼は「フン」と鼻で笑った。ポケットの中からガムを取り出して口に放り込む。
「大陸人なの?」
「ネオ・ヤマト人だ」
二人がやり取りをしているうちに、井上一曹と土田一等兵がヘルメットをはずした。
「行くぞ」
岩本は意地が悪いようだ。井上と土田がポケットをまさぐっている間に歩き出した。明かりのついたヘルメットを小脇に抱えて進行方向を照らしている。
「ついてきてください」
一番幼い顔をした土田がガムを取り出すのを諦めてルカの肩を押した。
「どうして私が? どこへ行くの?」
「中尉が言ったでしょう。あなたは市長の代理です」
「それなら副市長じゃないの?」
「あなたを代理に指名したのは、市長なのです」
土田は市長の遺体に視線を走らせて顔をしかめると、再びルカの肩を押した。
「素直に言うことを訊いてください。見たでしょう。井上一曹、愛国党員なのです。怒らせると怖いですよ」
愛国党は熱狂的ともいえる司馬総理支持の政治団体、いや、カルト団体だ。
どうして私が!……ルカは叫びたい気持ちを押し殺し、市長の遺体から目をそむけて足を進めた。
真っ暗な階段室には三つのサーチライトが揺れ、ルカのパンプスの音だけが反響していた。四人はヘリポートに向かって非常階段を上る。ルカは岩本の背中で揺れる対ヒューマノイド用のプラズマ銃を目標に足を運んだ。
階段が永遠に続くような気がした。そこにあるのは絶望だ。ルカは〝天国への階段〟という古いロックミュージックを思い出していた。父、拓翔がよく聞いていた、金で天国へ続く階段を買おうとしている女性を歌った曲だ。……今、私が昇っている階段は暗く、黄金のように輝いてもいなければ金で買える物でもない。この階段は人々の税金で
ほどなく、ここがゴールだ、とばかりに岩本が金属扉の前で足を止めた。
「やっと終わる……」
ルカが荒い息を吐くと、隣で土田が笑った。
「そうだ。全て終わるんだよ……」井上が言う。「……戦闘もF-CITYも、あんたの人生も終わるんだ」
岩本が扉を押し開け、4人はヘリポートに立った。東の水平線が眩く白みはじめ、天上の星々を消そうとしていた。
そこから昇るのは太陽か、神の意思か。そんな思いがルカの脳裏を
暑い一日がやって来る。……何故か、そう感じた。
ヒューッと風が吹く。バチバチバチと激しい音と光がはじけた。
ルカの背後で土田と井上が
「ナニッ!」
岩本が振り返り、それからルカが振り返った。
「貴様」
岩本が手にしたヘルメットの処置に戸惑っているように見えた。それを被ったままだったなら、すぐさま反撃できたはずだ。
ヘルメットがどれだけ高価で貴重だとしても、今はそれを投げ捨てて反撃するのが正解だ。しかし、平時に装備を大切に扱うように訓練されていたのが
彼は片手でヘルメットを抱えたまま、背中に手をまわしてプラズマ銃を構えようとした。その時はすでに、ボーイの均整のとれた足が岩本の下腹部を蹴っていた。まるでカンフーだ。
倒れた岩本に素早くボーイが飛びかかり、首筋にスタンガンを押し付ける。バチバチと火花が散り、タンパク質の焦げる嫌な臭いが漂った。岩本が白目をむいて意識を失った。
「古いスタンガンはダメですね。壊れてしまった」
ボーイはスタンガンを投げ捨て、ルカに向かって微笑む。
「ボーイ、ありがとう」
ルカの声が詰まった。彼がどう思うかなど考えず、崩れるように抱きついた。腰が抜けていた。
「皆さんがヘリポートに向かったので、追ってきました。市長はどうしました?」
「市長は……」
彼の無残な遺体を思い出し、ボーイの胸に顔をうずめた。
「亡くなったのですか?」
ルカは力なくうなずいた。
「遅かったのですね。もう少し早く着いていたら……」
ボーイが悔しそうにつぶやいた。
ルカは泣いた。ずっと泣いていたかった。自分が助かったのは、市長の魂がボーイを呼んでくれたからだろうと思った。
ふと、1班の援護に向かう、と言った青山の声が頭を過って涙が止まった。
「ボーイ、あなたはどうしてここに来たの? 市民は無事なの?」
「フィロに頼まれてきました。F-チャイルドセンターや国際港も攻撃されていますが、市民に死者は出ていません」
良かった。……唇からこぼれそうになった声をのんだ。ここでは市長が死んでいるのだ。
「フィロは生きているのね」
驚いた。フィロもF-Cityの様々な機械同様に壊れたと思っていた。彼が無事なのはF-Cityにとって朗報だ。それを思って笑みを作った。
「いつもの顔に戻りましたね」
ボーイがぎこちなく微笑んだ。が、ルカの背後に目をやり、顔から感情表現が消えた。
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