第24話

 市庁舎制圧を指揮する青山は、5階の非常階段の踊り場で部隊を二つに分けた。半数を1階と地下の出入り口の確保に差し向け、自分は3名の部下と共に市長執務室に向かった。




「武器を捨てろ。捨てなければ命の補償はしない」


 出入り口に向かった部隊は4名にすぎなかったが、そこを封鎖していた武装警官たちは視覚を奪われていてそれが分からない。彼らの多数は、突然、背後の闇の中から現れた兵隊に対して戦意を喪失した。警備用のヒューマノイドとメタルコマンダーは電磁パルスで鉄くずと化しているし、アナログな自動小銃や拳銃では軍の兵器に対抗できるはずがない。


 それでも数名の警官は、恐怖からか、あるいは使命感からか、声がした暗闇に向かって引き金を引いた。弾丸は乾いた音を立てて空を切り、特殊部隊員の肉体をかすめることもなく床や壁にめり込んだ。


 警官は人を生かすための訓練を受け、兵士は人を殺すための訓練を受ける。「殺せ、殺せ、殺せ」兵士は日頃、そう叫ぶ訓練をしていた。そうしなければ引き金を引くのが遅れ、自分が殺される側に回る。結果、作戦は失敗するだろう。


 身に着けるのは慈悲か殺意か。その違いが現場で試された。……警官の無力な銃弾に対して特殊部隊の銃弾は非情だった。国軍が発砲した火花は、壁際だけでなく天井付近が多かった。それは、やみくもに抵抗する警官の手足を確実に打ち抜き、暗闇に悲鳴を響かせた。


 中には、武装警官の額を打ち抜いた銃弾もあった。作戦を効率よく確実に遂行するために、優秀な兵士は訓練通り、確実に敵を殺した。


「殺すな」


 チームリーダーの岩淵少尉が静かに叱責する。出世を目指す幹部隊員は、戦闘の中に戦闘終了後の政治判断を持ち込んだ。警官の額を撃ち抜いた隊員は、おそらく通常の戦争なら高く評価されただろう。しかし、市庁舎制圧作戦においては違った。


 暗闇に負傷した警官の呻き声が漂う。


 軍靴の機能を使って天井に張り付くように移動していた兵士たちはそこから降りた。


 1階ホールを制圧した岩淵率いる部隊は、地下駐車場の制圧に向かう。そしてそれは難なく成功した。


「1階ホール、地下駐車場、制圧完了」


 報告した岩淵は、軍靴の無音機能を止めた。




 地上出入口の制圧が順調に進む一方、市長執務室に入った青山のチームは、市長を見つけることが出来ずにいた。


 非常灯さえ機能を失った真っ暗な執務室。普通の人間なら、恐怖でひとところにじっとしているはずだが、市長の姿はない。


 兵士のヘルメットに装備された温度センサーや集音装置も、人間の体温や呼吸音を検知していない。聞こえるのは仲間の戦闘服が作る音だけだった。


「捜し出せ」


 青山の指示で兵士は動き出す。まるで子供のかくれんぼのように、物陰やロッカーの中を探し回った。執務室内に探す場所がなくなると、捜索範囲は広げられてトイレや応接室等まで捜索した。


『1階ホール、地下駐車場、制圧完了』


「了解。引き続きその場を確保しろ。市長の姿がない。誰も出入りさせるな」


 命じた青山は焦りを覚えていた。


『作戦予定時間2分超過』


 タイムキーパー役のAIが告げる。


「どこへ隠れた?」


 青山のつぶやきに『すぐに見つかりますよ』と応答がある。


『どうせ袋の鼠です。朝まで捕まえればいいのでしょう?』


 その声音には油断があった。


「広瀬。これは実践だ。気を引き締めろ」


 叱責すると、兵士の動きが早まった。時間の経過が青山を焦らせる。

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