第23話
スタジオは防音には優れていても、強力な電磁波を遮断する設備は持たなかった。暗闇と化したのは6階のそこも同じだった。
「いったい何があったの?」
ルカは照明が消えた天井を見上げた。
「わからん」
「停電? それとも、ブレーカーが落ちた?」
「そうだ、スマホ……」
赤坂はスマホの光に頼ろうとしているようだ。ルカもスマホを出した。放送中は電源を落としているので、手探りで電源ボタンを押した。
「ダメだ、電源が入らない」
「俺のも。……充電したばかりなのに」
二人はスマホが壊れているのに気づかなかった。
「停電じゃ、充電も出来ないわ」
ルカは手探りで窓際に移動する。星明りで薄らと手元が見えた。
左手に赤坂の手が触れる。
「遠くには灯りがある。発電所の問題ではないな」
「停電は市庁舎の周囲だけみたい」
「それにしても、自家発電に切り替わらないのも変だな」
「それも故障?」
二人は窓ガラスに額をつけていた。
「なんだかロマンチックだな」
「何がですかぁ。きっと、みんな困っていますよ」
「俺たちだって困っているだろう。でも、何もしようがない。放送も出来ないし、原稿だって書けないだろう」
「そりゃ、そうですけど」
「だから、今はこのロマンチックな状況を楽しむしかない」
赤坂の手がルカの肩に触れた。
エッ!……背筋にないはずの電気が走った。……こんな時にセクハラ!……怒りと困惑が込み上げた。
「こんな時に国軍の攻撃を受けたら、あっという間に陥落だな」
彼の言葉に殴られたような衝撃を覚えた。
「赤坂さん、これって国軍の仕業じゃ? さっき飛んでいましたよね。亀っぽいの?」
「亀が飛んでた? 映画の怪獣じゃあるまいし、飛ぶはずがないだろう」
肩にある彼の手に力がこもった。
「違いますよ……」ルカはその手を振り払った。「……亀形の大きな飛行物体です。後部から青い光が出ていました。あれって国軍のものじゃないですか?」
「それって、強襲ドローンかもしれないな」
わずかな星明りが彼の瞳の中で揺らいだ。
「私たち、国に
ルカは向きを変えると、両手で障害物を探りながら、そろりそろりと出入口へ向かった。
「おい、どこに行くんだよ」
赤坂の声が追ってきた。
「広報室です」
「あぁ、なるほど」
ルカは廊下に出た。窓のない廊下は星明りさえなく、完璧な暗黒の世界だった。とはいえ、歩きなれた廊下だ。壁を伝えば広報室に向かうのは簡単だ。
まもなく広報室のドアにたどりつくというところで、前方から強い空気の揺らぎを感じた。光も音もないなか、ムワっとする空気の壁のような圧力があった。
「誰かいるの?」
声をかけると、斜め後ろから「加賀美さんだね。何があったんだ?」と聞き覚えのある声がした。人事課の課長だ。それは空気の圧力を感じた方向とは逆だった。
「分かりません。でも、国軍が来たのかもしれません」
「なんだって……」
彼が息をのんだ。
「明かりはありませんか? 懐中電灯とか」
「ウチにはないんだ。スマホのライトもつかない」
「やっぱり……」
市庁舎の照明がつかないのも、スマホが動かないのも、全て国軍の作戦の一環なのだろう。……確信すると、市長がどうしているのか気になった。広報室の前を通り過ぎ、非常階段に向かう。
「止まってください」
その声は階段室の闇から聞こえた。反響が強く、誰の声かわからない。
「エッ、誰ですか?」
足を止めると、背中に赤坂がぶつかった。
「軍の者です。皆さんに危害を与えるものではありません。市長室は5階でしたね?」
古いラジオから流れたようなくぐもった声だった。
「ええ……」
つい応じ、相手が敵かもしれないと気づいて言葉をのんだ。
「自分の席で静かに待っていてください」
くぐもった声が言い残し、目の前から気配が消えた。
やはり、国軍の目標は市長なのだ。どうして市長執務室を教えちゃったのだろう。……自責の念がじわっと襲ってきた。
「席にいろ、だとよ」
背後で赤坂の声がした。肩に彼の手が乗った。
ムッ。……暗闇の中で優位な地位に胡坐をかく兵士にも、突然親し気に身体に触れるようになった赤坂にも腹が立った。
赤坂が広報室に向かって後退するのに反して、ルカの足は前進していた。壁を頼りに頭の中に市庁舎の図面を描き、非常階段に向かった。
非常事には自動的に閉まる防火扉も、電力を失って空いたままだった。その先、壁が途切れたところが非常階段で、左に向かえば上階に、右に折れれば階下に向かう。非常階段に人間の気配はなかった。
ルカは右に向きを変えた。1階降りると市長執務室があるフロアだ。これまで通り壁に手を沿え、足で段差を探り、1歩、1歩、慎重に階段を下りた。
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