第21話
午後8時、投票が締め切られた。浜口市長のリコールは成立しなかった。ルカはカメラの前に立ち、そのことを正式に発表した。その後に浜口が、全力でF-CityとF-チャイルドセンターを守る、とカメラに向かって力強く宣言した。
市の職員は防災体制にはいり、避難所や救護所を設置、それぞれの担当施設に待機する。市内は武装警察官であふれ、市民は早々に帰宅した。
ルカは市庁舎のスタジオで、赤坂主任とともに、いつでも緊急放送が流せるように準備を整えた。
一段落すると、窓の外に広がる美しい夜景に目をやった。深夜なので灯りの数は少ないが、それでも、一つ一つの明かりの揺らめきに、街が生きていると感じた。
この夜景を守りたい。中央政府の軍隊を押し返したい、と思った。感傷的になると、薄雲に
広報室にフィロから連絡があったのは午前3時を少し過ぎた時だった。
『AM3時ちょうどに国軍の特殊部隊が発進しました。到着は37分後です』
フィロは、特殊部隊が市庁舎、チャイルドセンター、ヒューマノイド工場、国際港の4カ所に向かっていることを把握していた。
「了解……」
ルカは仮眠用のシートから飛び起き、スタジオに走り込む。
「クッソ、来るのかよ」
赤坂が放送機器の電源を入れた。
ルカはカメラの前に立って、原稿の下書きに目を通す。空白の部分に国軍の到着予定時刻を書き加えた。
「あれ?」
当初の原稿では、国軍が来る場所は3カ所だった。国際港は入っていない。ルカは内線電話を取って市長を呼び出した。
『何事だね?』
「国軍の来るポイントが増えています。そのまま市民に伝えますか?」
『そうだなぁ。……敵がポイントを増やしてくれたのは、むしろ助かった。国際港は占拠されても市政に影響はないからな。市民には、場所は伏せておこう。自分のところは安全だと思われて、出歩かれても困る』
市長の判断を受け、原稿を書き換えた。
マイクのスイッチを入れる。
「市民の皆さま、緊急放送です。中央政府軍がこちらに向かっています。到着は午前3時37分の予定です。軍がどのような行動をとるのか不明です。市民の皆さまは自宅内で待機ください。……F-City政府は武装警察隊による守備体制を整えていますのでパニックに陥りませんよう、冷静に行動ください。非難所、救護所の準備も整えています。万が一、被害を被った場合はそちらに申し出ください」
ルカは同じ言葉を数分おきに5度繰り返した。スタジオから見える夜の街に、明かりが増えていた。
怯えながら広報室で待機していると、市庁舎内のスピーカーから市長の声がした。午前3時20分のことだった。浜口はスタジオではなく、市長執務室の電話機を使ってそれを発していた。
『たった今、中央政府はF-Cityに接近する特殊部隊に対して撤退命令を出した。職員諸君、Cityは守られた。ありがとう!』
その声は喜びを隠さなかった。市庁舎の各部署で、歓喜の声と拍手がわいた。
「市民にも伝えます」
ルカは渋谷に告げて、喜び勇んでスタジオに向かった。彼女の後を、慌てて赤坂が追った。
二人はすぐさま放送を始めた。ルカは、喜びのあまりに鏡を見るのも忘れてカメラの前に立った。髪がぼさぼさだった。原稿はなくアドリブだ。
「市民の皆さま、緊急放送です。中央政府は特殊部隊に撤退を命じました。市民の皆さま、ご安心ください。中央政府は特殊部隊に撤退を命じました。F-Cityは守られました」
ルカはカメラの向こうにいる市民に向かって喜びを分かち合っているつもりだった。
「市民皆さま、私たちのF-Cityは……」
話しながら上体をひねり、背後に広がる平和な夜景を示した時だった。視野の端に映る星空を何かが横切っていった。巨大な亀の黒い影に見えたそれは、背後にハイパワーイオンエンジンの青い光を湛えていた。
「……なに?」
思わず窓辺によって上空を見上げた。が、急上昇したのか、亀は視界から消えていた。
§ § §
「あれは何だ?」
市長執務室、浜口は窓に張り付くようにして黒い影を追っていた。
『国軍の強襲ドローンです。ステルス性能が高く、F-Cityの対空ミサイルのレーダーでは捕捉できませんでした』
「国軍は引き上げたのではないのか?」
『命令は出ていました。命令はフェイクだったのかもしれません』
市庁舎を襲うと思われたドローンは降下しなかった。逆に、急上昇したように見えた。
「降下しなかった……」
『強襲ドローン通過。落下物があります』
フィロは市庁舎とその周辺にある防犯カメラでドローンを追っていた。
「何だ?」
『パラシュートが開きました』
「だから、それは何だ?」
思わず声を荒げた。
『電磁パルス・ボム……』
フィロの姿と声が、魔法のようにかき消えた。同時に、照明も消えて市長執務室は闇にのまれた。非常灯も点かない。
電磁パルス・ボムは市庁舎内の多くの電子部品を破壊、機械化された市庁舎の機能はすべて停止した。
窓の外に遠ざかる強襲ドローンのハイパワーイオンエンジンの炎が見えたが、それはあっという間に視界から消えた。
中央政府は国の力を見せつけるだけで、突入するつもりはなかったのだろう。……強襲ドローンが屋上のヘリポートに降りなかったことに、浜口は安堵を覚え、思考は再建策に向かっていた。
目の前を闇夜に溶け込んだ青いパラシュートがふわふわと落ちていく。ぶら下がっているのは冷蔵庫程の大きさの電磁パルス・ボムだった。それはまだ機能していて、電磁波対策が施されている機械を、接近することで破壊し続けていた。
地上を見れば、本来ならCityという銀河のような輝きがあるところ、市庁舎の周囲1キロメートル程度の範囲だけが、星々がブラックホールにのみこまれた痕跡のように光を失っていた。
このまま市庁舎も深い重力場にのまれ、崩壊するのではないか?……新たな恐怖を覚えた。
「フィロ!」
暗闇でも上下の感覚はある。神に助けを乞うように、天上に向かって叫んだ。何度叫んでも、スピーカーからフィロの声が聞こえることはなかった。
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