Ⅳ章 中央政府
第17話
「お前ごとき……」
中央政府首相執務室、F-Cityとの通信を切断した司馬総理は秘書AIの〝マスター〟に国務大臣を呼ぶよう言いつけた。国務大臣は
マスターから伝言を聞いた李は、飛ぶように走って執務室を訪ねた。
「総理、お呼びですか?」
「F-Cityの件だ。奇襲部隊はどうなっている?」
その話なら国防大臣を呼ぶべきだ。……胸の内で舌打ちをしたが表情には出さず、頭を下げて服従を示した。
「準備は整っているのですが、いささか問題が発生しておりまして……」
「ムッ……」
司馬が目を細めると李の背筋が震えた。
「ぐ、軍の中央管制システムがダウンしたのです。ただいま懸命に復旧作業中です。5時間ほどかかると、国防省から報告が……」
「ネオ・ヤマトの技術力も落ちぶれたものだな。それが済んだら、F-Cityを制圧できるのだな?」
「そ、それがもうひとつ問題が……」
「言い訳無用、明日の朝には、ここに浜口を連れてこい。死体でも構わん! 下がれ」
火の剣幕で李は追い立てられた。
首相執務室を後にすると国防省に足を運び、国防大臣の
「総理は、明日早朝までに浜口市長の首を持ってこいといってきかない」
「相変わらず無茶を言いますね」
青蘭が苦笑する。
「中央管制システムはそれまでに回復する見込みですが、指揮権を奪われたメタルコマンダーは厄介です」
「対抗策がないのか?」
「電磁ボムを使えば無力化できますが、そうなると市庁舎やチャイルドセンターのシステムも破壊することになります」
「最悪、市庁舎と森羅の工場は破壊しても構わないが、チャイルドセンターだけは無傷で制圧してほしい。子宮を殺しては国際問題になりかねない。……できますか?」
問われた山本は唇を真一文字に結んで
「参謀長、できないのですか?」
青蘭が回答を迫る。
「……できます。いや、やりましょう。しかしその時には、当方にも死傷者が出るかもしれません」
「その程度のことで……。軍隊ではありませんか、被害を恐れて何ができます」
青蘭が言い放つと、山本が顔を曇らせた。
李は姿勢を正して詰問する。
「それで、明朝まで浜口市長を連れてこられるのかね?」
「お任せください」
山本が席を立つかと思われたが、彼は動かなかった。
「話は終わりです」
青蘭の言葉に「それよりも……」と彼が応じた。
「何か?」
「中央管制システムのダウンとメタルコマンダーの奪取、関連があると思われませんか?」
「ハッキングも浜口がやったというの?」
「はい、……もちろん彼が自らやったとは考えていません」
「では誰が?」
「F-Cityの秘書AIです」
「秘書AIに何ができる。総理の〝マスター〟でさえ、使いパシリ程度の仕事しかできないのだ」
「しかし、メタルコマンダーの権限を奪うのは、……条件付きですが、地方政府には可能なことです。ただし、その手続きを一介の市長が熟知しているとは思えません。しかし、秘書プログラムなら容易に理解するでしょう。そして軍のシステムへの介入です。それをダウンさせるなど、人間業ではありません」
「ふむ……」
言われてみれば、そんな気もする。……李は青蘭と顔を見合わせた。
「システムダウンの調査はしているのでしょ?」
「はい……」山本がうなずく。「……今のところ外部からの侵入の痕跡はなく、原因不明としか……」
「それではF-Cityによるハッキングという確証はないのね?」
「とにかく原因を突き止めることだ」
李が立とうとすると、山本が口を開いた。
「念のために、Cityの秘書プログラムを中央政府のサーバーから削除していただけませんか?」
「ム……」
座りなおして考えた。秘書プログラムは内務省の管轄だ。
「……それは国防省の方から言ってもらえるかな。私から話すと彼らのメンツをつぶすことになる」
上手い理屈を見いだせて満足した。押し付けられた青蘭は一瞬苦い顔をしたが、すぐに作り笑いを浮かべた。司馬に可愛がられている自信の表れに違いなかった。
執務室に戻った李は行政専用端末の前に掛け、F-Cityのことなど忘れて膨大な稟議に目を通した。
目に留まったのは、アメリカ政府からの日米地位協定の延長要請と中国政府からの安全保障協定改定要請だった。長いアメリカとの連携、従属の歴史といったほうが正確かもしれないが、大陸人が増えた国民構成の変化の中で、政府の方針も揺れていた。
「ようやくアメリカの呪縛から解放されるか……」
司馬の政府は、アメリカとの地位協定を欧米並みに平等なものにするよう、要求していた。自国の空域のすべての管制権限を取り戻すだけでなく、ネオ・ヤマトの国土上でのアメリカ軍の利用に制約を課すのだ。それが認められなければ、中国との安全保障協定を強化し、アメリカとの安全保障条約破棄もやむなし、という覚悟だ。
最後に国連人権委員会からの抗議文があった。〝夢島と碇島の島民の人権を認め、武力攻撃を止めるとともに、橋の通過を認めよ〟というものだ。そうした抗議、あるいは質問文書が送り付けられるのは毎年のことで、日本政府からの回答も定型文書と化していた。いや、むしろ司馬が総理となってからは国連に反発するように、夢島と碇島に対するプレッシャーを強めていた。無償提供する食料品や医薬品の量を圧縮したのだ。
そうした行為を国連が安全保障理事会で取り上げても、アメリカが拒否権を発動するから大事にはならない。今後、アメリカに見捨てられることがあっても、その時には中国が拒否権を発動してくれるだろう。
ふと、疑問が浮かんだ。
島の民衆の反抗とF-Cityの、いや、浜口市長の独立運動には関連があるのではないか?……国連の抗議に対して定型的な反論を送る、という官僚からの稟議を前に考えた。
いや!……自分の仮説を否定した。……つい先日も、碇島からF-Cityに自爆ドローンが向かったばかりだ。少なくとも現在、Cityと島に連携はみられない。両者は無関係だ。……李はそう判断し、稟議の決裁ボタンを押した。
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