第15話

 浜口はスカイと別れ、工場長に工場内を案内してもらった。国軍による侵攻もその対策会議の状況も気になってはいたが、〝核〟を地下に抱えた工場のことを知っておくことは、いずれ役に立つだろう。スカイがそこにいた以上、放射性廃棄物管理施設への出入り口もあるに違いない。


「工場長は放射性廃棄物管理施設への出入り口を御存じなので?」


「もちろんです。入ったことはありませんが」


 彼が恐縮した。


 実際、そこに通じる通路の出入り口は確認できた。〖4LC〗と表示された柱の前の床に金属製のハッチがあり、そこを下りていくという。


「深い穴ですよ」


 工場長は、自分は閉所恐怖症なので入るのは御免だ、と苦笑してその前を離れた。


「工場長は、スカイが核廃棄物の管理施設で働いていることを知っていましたね」


「スカイ? あぁ、あのヒューマノイドのことですね。ええ、まあ……」


「ここで働くヒューマノイドを、みんな知っているのですか?」


「いえ、私の知らないヒューマノイドもいるでしょう。特に特別機密地区で働くやつは」


「地下施設の管理責任者、……ヒューマノイドのそれですが、紹介いただけますか?」


 核爆弾はともかく、中央政府との交渉に、地下の核は役に立つだろう。少しでも詳細な情報を押さえておきたかった。


「申し訳ありません。下のことは管轄外で何も分かりません」


 その顔に嘘はないようだ。


「では、スカイ以外に特別機密地区で働くヒューマノイドを知っていますか。頻繁に上に顔を出すヒューマノイドです?」


 行動の自由度の高いヒューマノイドこそが、管理者だろうと推理していた。


 工場長の顔に困惑の色が浮かぶ。その時だ。スマホから声がした。


『その件ならば、私からボーイに確認しましょう』


「ボーイ?」


『お忘れですか。豊臣社長が連れて歩いているヒューマノイドです』


「あぁ……」端正で色気のある容姿のヒューマノイドを思い出した。彼なら森羅産業の機密事項を知る立場にあるのかもしれない。「……そうだな。頼む。そうしてくれ」


 ノイドネットワークで確認するのだろう。便利なものだ、と感心した。


『承知しました』


 まてよ、と思った。……ノイドネットワークを使えば、フィロは放射性廃棄物管理施設の管理責任者のヒューマノイドと直接コンタクトが取れるのかもしれない。それをあえて隠しているのだとしたら。……背筋を冷たいものが走った。


 そのことは口にせず、工場視察を終えた。


 工場長に礼を言って工場を離れる。工場のゲートには指揮下に置いたメタルコマンダーが並んでいた。


「フィロ、彼らを配置につかせてくれ」


 フィロに命じ、市庁舎に向かう。


「ところでフィロ、君に夢はあるのかい?」


『私に夢はありません。プログラムですから』


「スカイには夢があったが……」


『彼は不幸でした』


「フィロは幸せなのか。だから夢がない?」


『お陰様で』


「相変わらず人を煙に巻くのがうまいな。私は思うのだが、客観的には不幸でも、夢を持ってそれに向かっている者が幸福を感じるのだと……」


 フィロ、何を隠している?……胸の内で言った。考えてみればこちらの行動はすべてフィロに知られている。しかし自分は、フィロのことをほとんど知らない。


『おっしゃる通りです。幸不幸は、多分に主観的なものです。従って、プログラムの私はそれを感じないのです』


 フィロがスマホから姿を消し、車は市庁舎の地下駐車場に停まった。


 開かれていた対策会議は既に終わっていた。その内容は市長室に戻ってから聞こう。浜口は、エレベーターの階数表示を見ながら、保安部長を市長室に呼ぶよう、フィロに命じた。


 執務室に着くとすぐにフィロのホログラムが現れる。


『軍の中央管制システムをダウンさせることに成功しました』


「早かったな、さすがフィロだ。ありがとう」


『どういたしまして』


 無表情だが、声のトーンは得意げだ。


「さて、準備は整った。次は首相との交渉だが、やはり核を持ち出すのは良くないだろうな」


 浜口は上着を脱いで応接椅子の背もたれに放った。


『実際に使用することはありません。見せかけるだけのことです』


「それでもだめだ。たとえ言葉だけであろうと核で脅かしたら、中央政府との信頼関係が完璧に崩壊する。今回、話がついても一時のこと。関係に大きなしこりを残すことになる」


 執務椅子に掛けてフィロに正対する。


『人間とは理解し難い生物です』


「使ったら最後といわれる核兵器は神と同じだ。言葉だけの存在だと思っても、見た目には恐ろしい張り子の虎だ。そしてそれこそが政治なのだ。人間の欲望と信念の上に成立している政治は、根源的に矛盾を内包している……」


 窓の外、東の水平線が白々としていた。


 まもなく朝日が昇る。長い一日になるだろう。……自分に覚悟を要求する。


「……まだ早い。フィロ、首相が目覚めた後、軍の中央管制システムが復旧する前に交渉の回線を開いてくれるかい」


『承知しました。それまで仮眠されてはいかがでしょう? 疲労と睡眠不足は思考を鈍らせます』


「そうだな。しかし、その前に昨夜の緊急対策会議の議事録に目を通しておきたい」


『モニターにまとめたものを表示します』


 軍のサーバーにハッキングを仕掛けながらメタルコマンダーの接収宣言書を起草し、自分との会話をこなしながら緊急対策会議の議事録もとっていたのだろう。スーパーコンピュータ上のAIとはいえ、フィロの能力には舌を巻く。


「……ありがとう」


 モニターの文字に目を走らせるとほどなく、ドアの外に保安部長の古畑が立った。

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