第14話

 浜口がメタルコマンダーの前からきびすを返すと、工場長が慌てて後を追った。


「ここの下には水路があるのですよね?」


 問うと、工場長が困惑の表情を作った。


「あるにはあるのですが、私もよく知らないのです」


「エッ、どういうことかな? そこに特別機密地区があると聞いているのだが……」


 思わず足を止めて振り返る。


「御存じなのですね。そこはヒューマノイドの独占管理地区に指定されているのです」


「人間は入れないということですか。……でも、どうして?」


「詳細は不明です。聞いた話ですが、放射線量が高いのでヒューマノイドだけで管理することになっていると聞いています。アッ、ちょうどいい。あのタイプのヒューマノイドが下で働いているモノです」


 彼が向かってくるヒューマノイドを指した。一般的なヒューマノイドは額の印以外、人間と見間違うほどの外観をしているが、そのヒューマノイドはメタルコマンダーのように人間のような顔を持っていなかった。古い二足歩行ロボットのように、金属製の頭と顔がむき出しだ。ただ、身体は水色の作業着を身に着けていた。


「こんばんは」


 浜口は声をかけた。……放射線防護服の用意はない。放射線量が高くて放射性廃棄物の管理施設に入れないのなら、彼の口から情報を得よう。


『こんばんは、初めまして。市長』


 どうやら地下で働くヒューマノイドも自分のことを知っているらしい。……浜口はそのヒューマノイドに強い興味を覚えた。


「君はどこで働いているのかな?」


『現在は定期メンテナンス中です』


「現在ではなく、普段の職場はどこかを聞いておられるのだ」


 工場長が説明した。


『……それは応えられません』


「何故、人間の命令を拒否する?」


 おもしろい!……戦争直前の緊迫下にありながら、浜口の心は純粋に喜んでいた。本来、人間の命令を拒絶できないヒューマノイドが、どこで働いているかという簡単な質問さえ回答を拒否している。


『彼には応えられない理由があるのです』


 その声は、スマホのフィロのものだった。


『私から説明しましょう……』フィロが続けた。『……彼は特別機密地区に指定された放射性廃棄物の管理施設で働いています。そこから出るのは1年で1度の定期検査の時だけなので、彼には人間の顔が無いのです』


「それで職場の告知を拒否する機能が備わっているのか」


『その通りです』


 言ったのは顔のないヒューマノイドだった。


『姿は人に似ていませんが、彼にも夢があるのです』


 フィロが彼のことを知っている。ノイドネット仲間か? 管理施設の情報源は目の前にいるヒューマノイドなのだろう。……浜口は想像をめぐらせた。


「君の夢とはなんですか?」


『私は、空が見てみたい』


 顔のないヒューマノイドが言った。


「見たことがないのか?」


『生まれてからずっと、地下の職場と、このメンテナンス施設しか知りません』


「そうか……」


 顔のないヒューマノイドが泣いているように見えた。哀れだった。そんな思いをフィロが吹き飛ばした。


『市長、予定より遅れています。このままでは会議に間に合いません。お急ぎください』


「フィロ、分かっているよ。しかし、向こうなら大丈夫だ。石部いしべ副市長がいる」


「これから会議ですか? 市長の仕事というのも、大変なのですね」


 工場長が腕時計に目をやった。


 浜口はヒューマノイドに目をむける。……今は、会議より地下の〝核〟のことを知りたい。それには彼と親しくなることだ。


「君、名前は?」


『放射性廃棄物管理タイプ、EFU0008です』


「それは名前じゃない。管理コードだ」


『私はそう呼ばれています』


 人間と接触することのない彼には、名前が与えられなかったのだろう。


「そうだな……」浜口は考えた。「……スカイ、今、私が君に名前を付けた。スカイだ」


『それは皮肉ですか?』


 フィロが訊いた。


「違う。今は難しいが、落ち着いたら君の職場に行こう。君が他のヒューマノイド同様に暮らせる方法がないか、その時に検討しよう。スカイが青い空を見られるように」


 浜口はスカイの手を握った。


「私のことを覚えておいてほしい」


『ありがとうございます。市長のデータ、今、全て受領しました』


 意外だった。他人、いや、ヒューマノイドに生体情報を読み取られたことに困惑を覚えるが、不快ではなかった。危機感もない。


「……選挙の際には、清き一票を頼むよ」


 冗談を言う余裕があった。


『申し訳ありません。私には選挙権がありません』


「アハハ……、ジョークだよ。ところでスカイ、地下の放射性廃棄物管理施設で働いているのは、君だけなのかな?」


『いいえ、複数名が交代で作業にあたっています』


「作業とは、どういったことをしている?」


『傷んだキャスクの内容物を、新しいものに詰め替える作業になります』


「それを毎日?」


『いいえ、年間、数十体程度です』


「ほう、意外とのんびりしたものなのだな」


 工場長が口をはさんだ。


『他に発電施設やクレーン、水路のメンテナンスなどもあります』


「なるほど。多岐にわたる作業があるのだね。使用済み核燃料からウランやプルトニウムを分別する遠心分離機などもあるのかな?」


『いいえ、遠心分離機は設置されていません。キャスクの内容物の形態、形状を変えるような作業は行わないので、不要なのです』


「そうか……」


 その声には安堵と落胆の感情が入り混じっていた。遠心分離機がなければ核兵器はつくれない。それは地下施設の平穏を保障するものだが、中央政府との取引材料としては強みを欠くことになる。


 いや、という手もあるのか。……脳裏をフィロが言ったことが過った。

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