第13話

 浜口が乗った車がゲート前の車止めに止る。そこで車のコントロールは工場側に引き継がれる。秘匿性の高い工場内では、たとえ市長でも自由に移動することはできない。


 ゲートが開き、車は内部に静かに移動した。真っ直ぐ管理棟の玄関前に進んで停止した。


「こんばんは」


 浜口は玄関ホールに出迎えた工場長に声をかけた。


 深夜、フィロに呼び出された工場長は、意外にもにこやかな表情をしていた。


「私はF-City市長、浜口早智夫です」


「お顔は存じています。工場長を務めます菅野アツシです。選挙では市長に投票しています」


「それは、ありがとう」


 二人は握手を交わした。工場長の指輪が浜口の生体情報を取得し、中央政府が保有するデータと照合する。即座に照会結果が菅野のスマホに届いた。


「ご本人と確認しました。それで市長、こんな夜に何のご用でしょうか?」


 彼は先導しながら愛想笑いを浮かべた。外部の人間との交渉が工場長の重要な仕事で、笑うことや謝罪することに長けている。そんな工場長も、浜口が突然やって来たことに戸惑っているようだった。


「メタルコマンダーの接収に来ました」


 浜口は足を止め、厳めしい表情をつくってみせる。


「エッ?」


 工場長の顔が驚愕で固まった。開いた口が閉じない。


 浜口は構わず、淡々と手続きを進める。


「……読み上げます。宣言する。……City特別管理法9条に基づき、メタルコマンダー・森羅EFU001から森羅EFU010の10体に対しての指揮権を取得する……」


 フィロの指示に従い、タブレットに表示された文言を読み上げた。City特別管理法9条は、緊急事態時にCity内にある民間企業の施設や装置、備品を強制的に使用できる法律だ。島からの攻撃に迅速に対応するために整備されたものだった。


「アッ、ハイ……」我に返った工場長が緊張の面持ちで応じた。「……本社にデータを送りますので、そちらの認証装置の前にお立ち下さい」


 工場長の指示に従って壁際の青いパネルの上に立った。


 工場長が壁の一部を開いてボタンを操作すると、壁からアームがのびて赤と青、二色の光を発した。それは前後左右、4つの方角から上下に動いて浜口をスキャンした。


「これと先ほどの本人確認と、どう違うのかな?」


 スキャナを見ながら尋ねた。


「取得するデータの精度が異なります。こちらのスキャナは脳波も読み取り、精神状態も確認します」


 菅野が応じた。


「なるほど。私が狂っていないか心配してくれるわけだ」


 皮肉めいた冗談を言った。


「重要な手続きです」


 話しをしている間にスキャンが終了する。


 菅野がモニターに映った情報を確認した。


「市長、森羅本社はあなたの宣言を受諾しました。現在、メタルコマンダーのメモリーの設定を変更しています。倉庫に異動し、メタルコマンダーに対する命令の発行をお願いします」


「了解」


 浜口は菅野に案内されて地下に降りた。


「市長、メタルコマンダーを接収するなど、いったい何があったというのですか? 島の連中が橋を渡ったのですか? まさか、監視塔が破壊されたのですか?」


 菅野は、その理由を知りたがった。本来、そのメタルコマンダーは国軍に引き渡すべきものだ。それをCityが接収できるのは、中央政府では対応できない壊滅的な事態に直面している時だ。


「すまないね。極秘事項なのだ。今は工場長のあなたにでも教えるわけにはいかないのです。とはいえ、明日の内には分かるでしょう」


 そう応じて長い廊下を歩くと、メタルコマンダー専用の倉庫に行きついた。


 菅野がシャッターの横にあるセキュリティーを解除すると扉が開く。百人程度が入る普通規模の会議室のようなつくりだった。


 浜口は、その日初めてメタルコマンダーの実物を見た。体長は190センチほどで想像していたより小さかった。


「思ったより小さなものなのですね」


「そうかもしれませんね。パワーを上げるためには本体が大きく重いほうが良いのでしょうが、市街戦や乗り物内での戦闘行動を想定すると大きすぎるのはデメリットになるのでしょう」


「なるほど。街は人間の基準で作られている。戦闘環境に合わせたつくりということか……」


 改めてしげしげとメタルコマンダーを観察した。


「一般的なヒューマノイドと異なるのはその外装です。強度が高いのは当然ですが、見た目が人間のように整形されていない。見るからに金属製のロボットといった外観をしているでしょう。そのことによって指揮官たちは、メタルコマンダーに対して死地へおもむくような冷酷な命令を容易に下すことが出来るのです」


「ふむ、考えさせられますね。……彼らは起動しているのですか?」


「はい。スタンバイ状態です」


「なるほど」


 浜口は尚も近づき、10体のメタルコマンダーに正対した。


 コホン、とひとつ咳払いしてから口を開いた。


「私はF-City市長、浜口早智夫。CITY特別管理法9条1項に基づき、メタルコマンダー・森羅EFU001から森羅EFU010の10機に対して指揮権を取得した。……CITY特別管理法9条2項に基づき、メタルコマンダー・森羅EFU001から森羅EFU010の10機に対して、。尚、この命令は浜口早智夫の命令解除、若しくは、浜口早智夫の死亡に至るまで継続する。


 浜口はタブレット上の文章を一気に読み終えると肩で息をついた。無機質な文章だが、。このことによって誰かが命を失うかもしれないと思うと脳髄が痺れた。


「これで良かったかな?」


『結構です』


 タブレットからフィロの声がした。


「メタルコマンダー諸君、作戦の詳細はフィロから受けてくれ」


『御意』


 10体のメタルコマンダーが音声と敬礼をもって命令の受領を示した。どこから音声が出て、どこで見聞きしているのか、浜口には分からなかった。

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