Ⅲ章 防衛対策
第11話
職員に非常招集をかけた浜口は単身、車で朧岬に向かっていた。中央政府が森羅産業に対し、朧岬のヒューマノイド工場の移転を要請したというフィロの情報に基づいていた。本体が中央政府のコンピュータ内にあるフィロにとって、中央政府の行動を知ることは難しくない。国軍によるF-City侵攻を市長に知らせた〝密告者〟はフィロだった。
「中央は、F-Cityの独立を真剣に案じているというのか?」
『そのように推察します』
念を押すと、スマホの中のフィロが答えた。
「独立を阻止するために軍が動くのか……」
それならあるかもしれない。大陸人たちが作った中央政府が、抗議する日本人の一群を島に押し込めた時と同じだ。あの事件で日本人は、抵抗する気力を失ったのだ。……星々が煌めく夜空を見上げた。有史以来、繰り返す暴力と支配の歴史を思うとため息がこぼれた。
『行政制度が中央政府とCITY政府の二重体制になってから、統制が取れなくなっていることに中央政府は危機感を覚えています。軍の実力を確認したいというタカ派の政治家や軍の幹部もいます。浜口市長の〝独立〟発言が地雷を踏んだといえるでしょう。……すでに陸軍特殊部隊の32名が市ヶ谷基地に集結しています。私の予測では24時間以内に、F-City制圧に発進すると思われます』
「24時間では、アメリカや中国に支援を求めても間に合わないな。……しかし、たった32名でCityを制圧できるのかい? こちらには武装警官が340人もいるのだぞ。それにメタルコマンダーだ。無事に手に入ればだが……」
『国軍の制圧目標は、市庁舎とF-チャイルドセンター、ヒューマノイド工場の3カ所と推測されます』
「なるほど。重要施設を押さえ、それを盾に降伏させようということか」
『それだけではありません。中央政府は、F-チャイルドセンターとヒューマノイド工場の2カ所に何らかのダメージが及ぶのを恐れていると思われます』
「それらを域外に移してしまえば、後はどうにでもなるということだろう。相変わらず、中央のやることは
『一度は可能ですが、すぐに対策が取られるでしょう。あくまで対処療法であり、根本的な解決にはなりません。それでできる余裕は5時間程度と推測します』
「それでいい。取りあえず、やってくれ」
『実施した場合、敵意があると示したことになります。よろしいですか?』
「向こうは、来るのだろう? おめおめとやられるわけにはいかないさ」
『市民には、どう説明するのですか? だれもネオ・ヤマトからの独立を望んではいないと思います。戦争になることも、です。これは住民投票を実施すべき案件だと考えます』
「F-チャイルドセンターを持っていかれたあとでは遅いのだ。再び市民に重税を課すことになる。それとも何か、フィロは、市民が戦争を回避するために、島の住人ほどではなくとも、生きるのがやっとといった暮らしを受け入れると考えるのか?」
『市民は、F-チャイルドセンターを失ってからの暮らしを想像できないと考えます。従って、住民投票を実施した場合、市民はセンターの権利を中央政府に渡して戦争を回避することを選ぶと推測します』
「私もそう思う。だから最小限の戦闘で、チャイルドセンターを死守する」
『覚悟されているのですね』
「当然だ」
『承知しました。では、国軍の管制システムを一時的に制圧します。……工場内のメタルコマンダーの在庫は10体ですが、何体、指揮下に置きますか?』
「全部だ」
『それはまた欲深い。人間の兵士なら200人相当です』
「私は欲深いのだ」
『そのようには見えませんが……』
「重力が大きいほど空間は歪み、欲望が強いほど人格が歪む。……アインシュタインが言っていなかったかな?」
『そういった記録はありません』
フィロはジョークを理解しなかった。
「私は、市長になってから欲が深くなったようだ。その欲につられて多くの俗物が接近してくる」
浜口は自虐的に笑った。
『市長は重力場ということですね』
「そういうことだ。こちらの力が大きければ、近づく敵も質量、共に大きくなる」
『それでは戦闘が拡大することになります』
「拡大しないように、一撃で仕留めなければならない。だから強い力が要る」
『その後に現れる敵はさらに強大化します。平和を希求することとは、論理的に矛盾しますが……』
「フィロの言う通りだ。人類は、その矛盾から抜け出せないでいる」
短い静寂があった。
『承知しました。メタルコマンダー10体の接収宣言書を起草します』
そうしてフィロの姿は石のように固まった。
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