第8話

 豊臣との会談が行われた2カ月後、浜口は記者会見を開き、F-チャイルドセンターの拡張を発表した。すでに森羅産業による工事は着手していた。広告的な意味あいの会見だ。


 その五日後だった。内務省の劉進平りゅうしんぺい大臣が突然、市庁を訪れた。花岡梅花はなおかばいか事務次官が同行していた。


 劉の脂ぎった顔は親指姫を狙うヒキガエルのようだ。ただ、いつもの真ん丸な目が普段と異なり、その端が吊りあがっている。


 二人は簡単な挨拶を交わしてからソファーに腰を沈めた。


「大臣、突然の来訪とは珍しい。いったい、何用ですか?」


「ホログラムでなく足を運んだのは、腹を割って話がしたいからだよ。思い当たることはないのかね?」


 劉の言葉は恩着せがましい匂いがした。その言葉を吐く大きな口から、長い舌が伸びてきそうでぞっとする。


 梅花を目の隅で確認した。その顔は無表情で心の内が読めない。


「国連への回答の件なら……」


「違う。そんなものではない……」


 劉が目を細めた。


「F-チャイルドセンターの件です」


 梅花が言い添えた。


「ほう……」


 思わず声が漏れた。F-Cityが権利を有するF-チャイルドセンターの人工出産システムの権利を移譲するよう、中央政府には以前から要望されていたのだ。


「その件なら、何度もお断りしたはずです」


「センターを拡張するなら、他のCityに新設する選択肢もあったのではないのかね」


 劉がねめつける。


「チャイルドセンターによる収益がF-Cityの財政を支えているのです。先日も事務次官にはお伝えした通り、人工出産システムを全国展開することは考えておりません」


「たとえそうだとしても、独占とは狭量ではないのか?……君も政治家なら、国民のことを考えてくれないか。再生医療の高度化によって寿命を延ばし、かろうじて人口を維持しているものの限界だ。日本だけではない。世界中の先進国がF-チャイルドセンターの人工出産システムを欲しているのだ」


 第三者から見れば、先進国の人口減少を押さえるための装置を世界展開することは義務といえる。しかし、人工出産システムを中央政府が手に入れたところで、中央政府に世界展開する意思はないだろう。それによって外貨を集めることが目的だ、と思惑が透けて見えるのだ。


「すでに外部からの依頼は受け付けています。他のCityだけではありません。諸外国首脳の依頼も出来る限り差別なく受け入れています。海外枠は10%、今回の拡張で、その絶対数も倍になります。中央政府も、それをもって世界に貢献していると論じていただければ、とおもいます。……何度もお伝えしたように、システムの権利を中央政府に渡してしまえば、F-Cityは以前のように再建支援団体にもなりかねません。あの苦境を乗り越えるために、市民がどれだけ犠牲を払ったか……。ばらまき選挙のために、地方交付金を打ち切った中央政府には、財源をもたない地方の苦しみが分かっていないのです」


 浜口は批判の矛先を中央政府に向けた。


「政治家が金のことばかりを言うものじゃないよ。浅ましい。もっと天下国家の視点から検討してみたまえ」


 ――ワォン、ワォン――


 警戒警報が鳴る。劉が目を丸くし、梅花が「ヒッ」と息をのんだ。


『錨島から自爆ドローン。こちらに直進してきます。迎撃します』


 フィロの声がする。


「頼む」


 そう応じて目を外に向ける。


 海岸線上で小さな爆発が二つあって煙がたなびいた。ドローンを撃ち落としたのだ。


「City内に被害は?」


『ありません。迎撃成功です』


「ありがとう」


 フィロに告げ、視線を劉に戻す。


「大臣が来られたことが錨島の住民に知られたのでしょう」


「チッ、テロリストどもめが……」


 劉が舌打ちし、遥か遠い碇島に向かって声にした。


「安心ください。この2年間、彼らの攻撃でF-Cityが被害を受けたことはありません。すべて迎撃できています。しかし、迎撃ミサイルに要する費用は莫大です。本来、防衛は中央政府の仕事のはずですが、国務省が言うには、錨島からの攻撃は国内の治安問題ということで、ミサイルの費用はCityの負担にされています。今の迎撃ミサイルは、Cityの保安部のものなのです」


 浜口はわざと大きなため息をついて見せた。


 劉は不快感を隠さなかった。こめかみに血管が浮いている。


「劉大臣、ご相談があります」


 返事はなかったが、浜口は話を進めた。


「島の者たちに橋を渡らせたいと思うのです。彼らも豊かになれば、テロなどを止めるのではないでしょうか?」


「馬鹿な!」


 劉の唾が飛んだ。頬に着いたそれを浜口は手の甲でぬぐった。


「あいつらは国家転覆をもくろむテロリストだ。性根が腐っているのだ。豊かになったら、その金で武器を買うだろう」


「彼らのテロ行為は、島に封じ込められ、抑圧されていることに対する抗議ではないかと……」


「市長!……ネオ・ヤマト国民のお前さんまで、外国人のような口を利くのだな。そんなことではCityのリーダーは勤まるまい」


「島民に対する人権弾圧を止めるよう、国連から要請されているのです。中央政府こそ、この国のリーダーとして、一考あるべきではありませんか?」


「我々はテロには断固、屈しない。それは建国以来の信念だ。お前さんのような者が市長になるようでは、F-Cityにチャイルドセンターを置くのは問題があると、痛切に感じるよ……」


 劉が、F-チャイルドセンターの権利問題に話題を戻した。


「……明日、いや、今日中に権利移譲の書類にサインをしたまえ」


「無茶なことを……。たとえ市長でも、市民の財産を勝手に譲ることはできません。議会の承認が要ることです」


「それも市長が決断してこそのことだ。それを言っている。政治家なら、重要な案件こそ総合的観点から速やかに決断すべきだ。そのくらいのことが分からんのか。事は、。お前さんに〝否〟の選択肢はないのだ」


 司馬の名が出て、一瞬、浜口もひるんだ。人工出産システムの移譲問題は、これまでは内務省の要請だったが、歴代最強最悪の首相といわれる司馬重蔵、直々の要請とあっては、フェイズが一段上がったと言える。司馬は先祖代々政治家をやっていて、曾祖父が初代首相だ。他者に配慮するということがない。

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