第7話

 豊臣社長は青年風のヒューマノイドを従えて現れた。彼は中年の域に達していたが、その引き締まった身体と背筋の伸びた姿勢は若者と変わらず、その声は見た目によらず野太かった。


 浜口の視線は情報のないヒューマノイドの観察から始まった。小さな頭に細めのボディーは戦闘用には見えない。緑色の瞳を輝かせる表情はすがすがしさの中にも甘い色気が漂っている。もしかしたら性処理用のものかもしれない。そうだとすれば、豊臣は男色家なのだろう。……勝手に解釈した。


「ボーイが気になりますか?」


 豊臣が右手を差し伸べながら微笑んだ。


 かろうじて作り笑いを浮かべ、握手を交わす。


「いえ、失礼。ボーイというのですか、……あまりに色気があるので驚きました」


 その名に、ヒューマノイドが20世紀の人気ロック歌手のセクシーな姿に重なって見えた。


「本当に、惚れ惚れします」


 加賀美ルカが言ってボーイに握手を求めた。


「ありがとうございます。豊臣社長の秘書をしているボーイと申します。以後、お見知りおきを」


 ボーイが彼女の手を握った。


「豊臣社長、それでご用件は?」


「チャイルドセンターの件です……」


 彼はF-チャイルドセンターの能力を倍増させたいと語った。


「……問題は労働力です。国内には適材が少ない。それで、ヒューマノイドを育児に採用したいのです」


「ヒューマノイドを育児に、ですか……」


 赤ん坊は世話をする人間の表情を学習しているそうだ。……浜口は豊臣の隣に掛けているボーイに視線をやった。それに対し、ボーイがわずかに首を傾げ、口角を上げて見せた。


「市長が心配されるのはもっともですが、我社のヒューマノイドは人間同等、いや、赤ん坊がどれだけ泣こうがわめこうが、手荒に扱ったり虐待を行ったりすることはない。手順をしっかり守ります」


「なるほど……」


「あのう……」ルカが口を開いた。「……労働力ならば、島の者を採用してはいかがでしょう?……島民の過半数が無職だと聞いています」


「島の……」豊臣が表情を暗くした。「……無茶を言わないでください。彼らは無学、無教養。第一、テロリズムの思想をチャイルドセンターに持ち込まれる可能性がある。国民が不安を覚えて依頼がなくなっては元も子もない」


 彼がきっぱり拒絶した。


「加賀美さん、私も社長の意見に同意するよ。島の者たちに仕事や教育が必要だと考える君の考えには賛同するが、現段階で彼らをチャイルドセンターに入れるのはリスクが大きい。第一、彼らが橋を渡るのは、中央政府が許さないだろう。順を踏んで事にあたろう」


 浜口は隣のルカに説いた。


「確かにそうですね。ヒューマノイドがチャイルドセンターで働けば、課題になっている保育士の労働時間問題も解決できます」


 彼女が明るい口調であっさり自説を取り下げた。


「で、いかがです?……ヒューマノイドの採用の件。私どもの準備は整っています」


「あなたの意見は、どうですか。ボーイ?」


 浜口は豊臣の隣で静かにしているボーイに問いかけた。


「私が発言してもよろしいのですか、社長?」


 彼はオーナーに了解を求めた。


「もちろんだ。ボーイの見解を説明してさしあげろ」


 豊臣が微笑む。まったく案じていないらしい。


「一昨年以降に製造が開始された森羅産業製のヒューマノイドという条件つきで、育児に採用してはいかがでしょうか。それならば身体能力、知力において、あらゆる人間以上の機能を有しています。市長が案じておられる乳幼児に対する影響力、それは視線や表情、声掛けといったものでしょうが、それらも、人間同等の能力があると言って差し支えないでしょう。加えて、弊社の豊臣が説明した通り、ヒューマノイドは感情能力に優れています。苛立ち、怒り、悲しみ等を、乳幼児の前で不用意に表すことはありません」


 彼は語り終えると微笑んで見せた。


「どうです。完璧でしょう」


 豊臣が得意げに言った。


「フム……」


 浜口はルカの横顔に目をやった。彼女を広報官に据えたのはビジュアルが良いからだけではない。彼女は賢く記者会見においても臨機応変、そつのない対応がとれる。だからといって記者や市民にびることもない。竹のようにしなりながら、その芯には譲らない鋼のような意志があるのだ。そんな彼女が納得しているなら、豊臣の提案にのろうと思った。


 そして実際、彼女は満足げに微笑んでいた。


「いいでしょう。申し出通り、F-チャイルドセンターの拡張とヒューマノイド運用に合意しましょう。担当の産業課で手続きを取ってください。後は彼女に聞いていただけますか。大々的なアドバルーンを上げましょう」


 浜口は後の手続きをルカに任せ、豊臣とボーイを見送った。

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