第6話

 浜口は遠い島々に目をやり、何とかして100年続く対立に終止符を打ちたいと考えた。市民の安全を守りたいというのが第一の理由だが、毎年のように、あるいは戦闘がある都度、国連の安全保障理事会事務局から、紛争の中止要請があるのも煩わしいと感じていた。


『内務省の花岡梅花はなおかばいか事務次官に繫がりました』


 フィロの声と同時に中年女性のホログラムが現れた。


「忙しいところ、申し訳ありません。本日も陸軍が錨島にミサイルを撃ちこみました。ご存じか?」


『いいえ、軍は国防省の指揮下になりますので』


「そうでした……」分かりきったことを口火に交渉に入る。「……しかし、それによって、私のところにも再々度、国連から詰問がある。人権侵害など、この文明の時代にあって、これほど恥ずかしいことはないのです。その対応、中央政府で一括、受けていただけませんか? それが無理なら、攻撃中止の内閣決議を……」


『そのようなこと、Cityの首長が意見するとは、出過ぎたこと……』


 口調に怒りと冷笑が入り混じっていた。


 それを無視し、尚も尋ねる。


「中央政府はこの件、国連にどんな報告を上げているのですか?」


『50年前から、島民には自由と自治を認めている。労働を強要することもなければ、手足に鎖をつけているわけでもない、と応じています』


「それだけですか?」


『ええ、その後の経過でわかるでしょう。国連側が納得することはない。思考の地平が違うのです。それ以上の問いは無視するだけ。それでも制裁を受けるようなことはありません。以前、アメリカがしたように、今は中国が拒否権を発動してくれる。彼の国とウチの国内情勢はとてもよく似ています。中国としては、EU諸国に同意することは天に唾するようなものです。……そもそも、国連の要求を一から十まで聞いていては国家の統治などできませんよ』


 彼女は高飛車に論じた。


 カチンと来た浜口は嫌味で応じる。


「なるほど。Cityも一から十まで中央政府の言うことを聞いていては運営できないということですね」


『ご自由に。それで損をするのはCityですよ……』彼女は鼻で笑った。『……では、これにて。国連にはいつも通りの返答を。くれぐれも中央のメンツをつぶしませんよう』


 彼女が顔を歪め、通信を切った。


 フィロが現れ、『中央政府との交渉で嫌味はいけませんね』と苦言を呈した。


「つい、カッとなってね。それにしてもメンツとは。……しかし、良かったよ。これで中央政府の方針に沿わない政策も実施できる。売り言葉に買い言葉とはいえ、足がかりができた」


『何をするつもりなのですか?』


「具体的にはこれからさ。私なりの平和を探求するつもりだ」


『具体策が浮かびましたら、是非、私にも教えてください。効果とリスクを検討します』


「そうしよう。で、今日の予定はどうなっていたかな?」


森羅しんら産業の豊臣とよとみ社長との会談が予定されております。F-チャイルドセンターの増床の件だと推察します』


 森羅産業は国内に本社を置く財閥系の企業グループで、食品から宇宙産業まで、ありとあらゆる分野の事業を展開しており、生物化学や医療部門での実績もあった。財閥は二十世紀半ばに解体されたはずだったが、半世紀も経ずに持ち株会社制度と共に復活していた。もっとも、表面上の経営陣は雇われ役員であり財閥の血をひく後継者がいるわけではない。それでも財閥という言葉が残るのは、眼に見えない実態があるからだ。それを伝統と呼ぶ者がいれば、血統、誇りと言う者もいる。同じ伝統や血を引く企業は、徒党を組んで市場の独占と新参者の排除に努める。そこで共有しているものは、伝統でも血でもなく利だ。


「なるほど。願ってもない話だ。最近、諸外国の要望に応えきれていない」


 F-チャイルドセンターは宝島にある子供の育成施設だ。両親から精子と卵子を預かり、人工子宮によって受精から出産までを行う。希望によっては3歳までの養育も受託している。基本的には国民向けのサービスだが、機械によって赤ん坊を生み出すことを、諸外国からの批判をかわすために、高額な寄付金を条件に能力の10%を外国人の出産、育児依頼に向けている。


 1時間後、市庁舎の地下駐車場に森羅産業のリムジンが入った。まるで装甲車のような武骨なデザインだった。


『豊臣社長がいらっしゃいました』


 フィロがモニターに映像を映した。


「いつ見ても趣味の悪い車だな」


 リムジンの、対戦車ロケット弾でも破壊できないと言われる厚い装甲板は、お世辞にも美しいとは言い難かった。


「あれは?」


 止まった車から最初に降りたのは細身の青年だった。趣味の悪いリムジンを見た直後だけにその美しさに目を奪われた。


 カメラをアップに切り替えると、額にギリシャ語のシータ〝Θ〟が刻まれていた。ヒューマノイドの印だ。


『データにはないヒューマノイドです。森羅産業の新型のプロトタイプではないでしょうか?』


 フィロが語っている間に、金髪の中年男性が降り立った。豊臣アキラ、森羅家の二十八代目当主にして代表取締役社長だ。地面に立った際の凛とした姿勢は、企業家というよりは武闘家といった様子だ。


 モニターの中、金髪の中年男性と美しいヒューマノイドは入り口で警備員に制止されていた。彼がカメラ目線で指示を求めている。


「武器を持っているのか?」


 浜口は尋ねた。市長就任以来、命を狙われたのは1度や2度ではない。


『エックス線探知機によると豊臣社長は武器を所持していません。問題はヒューマノイドです。エックス線が透過せず、武器の所持を確認できません』


 警備員が答えた。


「ふむ、仕方がないな。通してくれ」


 豊臣の地位を信じて指示した。


『よろしいので?』


 フィロが念を押す。


「虎穴に入らずんば虎児を得ず。第一、私が森羅産業に恨まれる理由がない。Cityは、彼らにとっても良い顧客だ」


 言葉にしながら不安を覚えていた。大企業は皆、中央政府の手先のようなものだ。Cityとの取引にどれだけの価値を見出すだろう?


「フィロ、広報室の加賀美かがみ広報官を呼んでくれ」


『承知しました』


 フィロが応じるとほどなく加賀美ルカが現れ、フィロが姿を隠した。


 まもなく30歳になろうというルカは知的な美女で市民やメディアの評価が高い。実際、記者の厳しい質問にも優美に返答するので浜口は満足していた。それで無愛想で評判の悪い自分に代わり、カメラの前に立ってもらうことが多かった。


「市長、お呼びでしょうか?」


「あぁ、これから森羅産業の豊臣社長と面会する。良い話が聞けるはずだ。同席して取材してくれ」


 浜口は彼女を側に置いて豊臣を迎えた。

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