Ⅰ章 F-City

第5話

 8階建てのF-Cityの市庁舎、高台に建っていることもあり、5階の南東の角にある市長室からは海を臨むことができた。波の侵食で入り組んだ海岸線の先には朧岬と橋でつながる大きな宝島がくっきりと、そして遠い夢島と錨島はぼんやりと霞んで見えた。


「またやってるな」


 浜口早智夫はまぐちさちお市長は嘆息する。彼の視線の先には、青い空を背景に飛行機雲に似たロケットエンジンの排気の白い航跡があった。


 その日も、本土から錨島に向かって数発のミサイルが放たれた。攻撃しているのはテロ組織壊滅を目指す国軍だ。


「100年越しの恨み、力づくでは解決しないだろうに……。フィロ、違うか?」


 声にすると、部屋の中央に中性的な容姿の人物のホログラムが浮かんだ。職員にアドバイスをするのが役割のAIのイメージ映像だ。地方の行政庁の人材不足を補うために中央政府が開発したヒューマンプログラムの一種で、秘書プログラムと呼ばれている。プログラムそのものは中央政府のスーパー量子コンピュータに置かれており、その分身が各市町村に貸し与えられているのだ。名称のフィロはF-City独自のもので、30年前の導入時から変わっていない。フィロソフィーからきている。


『おっしゃる通りです。それは人類の歴史が証明しています。しかし、それが分かっていても復讐を繰り返すのが人類です』


「悲しいことを言わないでくれよ」


『申し訳ありません。市長の心情は察します。ですが、事実から目を背けず、改ざんせず、正確に認識することが問題解決には必要です。しかしながら多くの人間は目をそむけ、自分が望むようにものを見て誤認するのが常です。中央政府と錨島住民の紛争が解決する見込みは1%未満です』


「ふむ。フィロの説はもっともだ。……で、事実を認識しているフィロに、あの紛争を解決するアイディアはあるのかな? その1%だが」


 今の中央政府の過半数はユーラシア大陸からの移民、いわゆる大陸人で構成されている。100年ほど前に移住し、帰化した者たちだ。過半数を占めた大陸人は正当な選挙によって与党の地位を得て第一次司馬政府を樹立した。それに反発し、武力闘争を始めたのが錨島と夢島の先祖だった。


 結果、彼らは逮捕されて国家反逆罪の罪でふたつの島に収監、隔離され、国民の権利をはく奪されたうえで強制労働が課された。生かされたのは、人口減少に伴う労働力不足が理由だが、それ以上に、大陸人による政府は国際世論を意識していた。


 中央政府の一部の政治家、あるいは官僚たちは、反逆者を島に押し込めても満足しなかった。強制労働の職場では、監督者による虐待が常態化し、死者を出すことも珍しくなかったが、政府はそれを放置した。


 罪人の島民は反発せず、虐待を受け入れたように見えたが、50年前ほど前から状況が変わった。若者は抗議の声を上げ、島内に反政府組織が生まれた。組織は徐々に力をつけ、ドローンやミサイルによる攻撃まで行うようになった。その背後にいるのが、安保条約を破棄しようとする政府を牽制するアメリカ政府なのか、尖閣諸島の領有を狙う中国政府なのか、いまだに不明だ。


『それにつきましては……』


 フィロが述べるところを浜口は遮った。


「いや、悪かった。前にも聞いたことだったな。両者が穏便に合意できる可能性は1%未満。現状、中央政府は錨島の住民を根絶やしにするまで攻撃を止めない」


『ハイ、殺せば殺すほど、残された者の中に反発と恨みが凝縮していきます。テロは止むどころか過激化するでしょう。中央政府はそれを知ったうえで、定期的に弾圧を加えています。テロがあることで国内の保守勢力は、有利な選挙戦を戦えると考えています』


「錨島からの攻撃にさらされるのは我々F-Cityだ。市長としては何とかしなければならないが、フィロでさえ解決策が見いだせないという。当惑するばかりだ」


 その時、市中に警戒警報が鳴った。――ワォン、ワォン……と耳をつんざくものだ。市庁舎内にもそれは鳴った。


 中央政府がミサイルを撃てば、錨島からもミサイルやドローンが飛んでくる。ただ、質量ともに、中央政府のものに比べればはるかに劣る貧弱なものだ。それでも市内に着弾すれば、市民に被害が及ぶ。


『錨島から、小型自爆ドローン。迎撃します』


「頼む」


 市内の8カ所に迎撃ミサイルが設置されており、錨島からの攻撃に備えてあった。それは国軍のものとは異なる地方政府専用の防御システムだ。


 海岸線上で小さな爆発があった。わずかな発光の後、白い煙が生じて霧散する。


「City内に被害は?」


『ありません。迎撃成功です』


「ありがとう。中央政府への回線を開いてくれ」


『承知しました』


 フィロが中央政府にコンタクトする間、浜口は目を閉じ、錨島の惨状を想像した。瓦礫ばかりの飢餓と貧困の街だ。それはミサイルやドローンといった近代的な兵器とは、かけ離れたものだった。……住人はどうやって生計を立て、何を望んでいるのだろう?

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