第10話 自由が欲しかっただけなのに

「では、私もこれで。婚約解消に付いては後ほど「待つのだ」……なんでしょうか」


 グレイスを見送り、自分も他の者に挨拶を済ませ、舞踏会の場を後にしようとしたビル宰相が国王に呼び止められる。


「婚約解消はどうしようもないが、ビルよ。余に何か言うことがあるのではないのか?」

「はて……王太子との婚約解消は誠に残念なことですが「そうではない」……はて?」

「分からぬか。それとも惚けるつもりか?」

「陛下……私には何を仰りたいのか」

「まあよい。では、一つ確認するが、ビルよ、貴様の娘は一人で間違いないな」

「はい。陛下もご存知の通り、グレイス一人であります。それが何か?」

「そうか。では、屋敷にいるそのより背が低い娘の名はなんという」

「え……いや、そのような娘は屋敷には……」

「そうか。居ないのだな?」

「は、はい。私の娘はあの一人のみです」

「ふむ……」


 宰相は陛下に頭を下げながらも先程から冷や汗が止まらない。そして、目の前で宰相を睨み付ける陛下はどこまで自分達のことを知っているのだろうかと不安になる。


「そうか。私は貴様が息子に対し貴様の息子を娘であるグレイスと偽っていたのかと疑心暗鬼になっていたが、違うのだな」

「は、はい。決して……そのようなことは……ありません」

「そうかそうか、もしそうなら、貴様の首を撥ね、家は取り潰していたところだ」

「え?」

「何を驚く。王である余と、王太子である息子を騙したのだ。国家反逆罪として処刑するしかないだろう」

「そ、そうですね」

「ああ、よかったよ。余も優秀な貴様を失うのは本意ではない。そうか、貴様の家にはあのしかいないのだな。もし、あの小さな娘が貴様の娘と言いと名乗るのなら、その時は……」

「そ、その時は……」

「分かるだろう。もう、下がってよいぞ」

「は、ははっ」


 宰相はさっきまではあの王太子との婚約解消を嬉しく思っていたが、今度はその婚約解消が元で自分の命どころか、宰相という身分に家族までが危険にさらされることとなり驚愕する。


 だが、考えるまでもなく王が言うように宰相は息子を娘と偽り、王太子の婚約者にさせてしまい、結果的に王と王太子を騙すことになったのだ。


 もし、この事実が世間に知られてしまうことは、即家族全員の命が絶たれることとなる。


「どうする……どうすればいい……」


 帰宅する馬車の中でビル宰相は繰り返し問答していたが、答えは出なかった。そして屋敷に帰ったビルを出迎えたのは愛しい娘グレイスであった。


「お帰りなさいませ。お父様!」

「グレイス……」

「もう、これで私はあの王太子との婚約は解消され自由の身になったのですよね? お父様?」

「……」


 グレイスは無言のまま立ち尽くすビルを見て、何かあったのかと不安になるが、ビルから発せられたのは「お前はこのまま修道院に行くのだ」と正に驚天動地な言葉だった。


「え? どうしてですか! 私は自由になったハズです! お父様!」

「……深くは聞いてくれるな。お前も命が惜しいのなら、言う通りにしてくれ」

「イヤです! 納得いきません! 何故、私が修道院に行かなくてはいけないのですか!」

「それがお前の為なのだ。分かっておくれ」

「どうしてですか!」

「……陛下は全てお見通しだった」

「え?」


 グレイスはビルの言葉に全てを察した。


 父であるビルがあんな王太子に愛娘であるグレイスを嫁がせることは出来ないと計画したことであり、当事者のグレイスもその内容を納得し学校も途中から弟グレイスに任せて気楽に生活していたのだ。


 だが、父はそれが全て王に知られることになり、もしグレイスを娘として表に出すのなら、その時は王と王太子を騙したことで家は取り潰しになり、家族全員が処刑されることを説明する。


「そ、そんな……」

「済まない。お前の為と思いやったことが全て裏目になってしまった」

「……分かりました。では、私が修道院に行けば、お父様の地位はそのままで家族全員が助かるのですね」

「そうだ。分かってくれるか!」

「……イヤです!」

「グレイス!」


 ビルの説明に一瞬納得した様な雰囲気を出していたグレイスにビルは承知してくれたと思い、さすが我が娘と嬉しく思うがグレイスはハッキリと「イヤです」と答えた。


 だが、グレイスに納得して貰えないことには自分の地位どころか命すら危ういビルにとっては冗談ではない。


 どうにかこうにかグレイスを説得し続けるが、グレイスは「イヤ!」と首を横に振るばかりで話は一向に進まない。


「そうか、どうしてもイヤか」

「ええ、イヤです。そもそも計画したのはお父様です! 私は悪くありません! なのに私一人、修道院に行けとはどういうことですか!」

「……」


 グレイスの訴えにビルは何も言えなくなる。


「分かった。では、家族一緒に死のうではないか」

「え? どういうことですか?」

「どういうこととは、さっきまでずっと説明してだろう」

「ですから、どうしてそこで皆で死のうとなるのですか?」

「ハァ~あのな、遅かれ早かれお前が修道院に行くことを承知してもらえないのであれば、自死するか処刑されるかの差でしかない。ならば、国家反逆罪として屍を晒されるよりも、ここは潔く自死した方がよいであろう」

「えぇ~」


 グレイスの様子にビルは嘆息すると呼び鈴を鳴らし執事が「お呼びですか」と部屋に入ってくる。


「……」

「分かりました。ですが、よろしいのですか?」

「構わん。それも含め全て私の落ち度だ」

「承知しました。では……」


 執事が『パンパン』と手を叩けば屈強な衛士が部屋に入ってきて、その衛士に執事が耳元で囁けば「はっ」と衛士が短く発しグレイスの両脇に手を入れ部屋から連れ出す。


「え? お父様! これはどういうことですか!」

「済まないな、グレイス。もう、これしか手はないのだ。命まで取ることはないから安心してくれ」

「え? お父様、何を言っているのですか?」

「お静かに願います」

『うぐっ……』


 両脇を抱える衛士の当て身でグレイスは意識を失いグッタリとする。


 次にグレイスが気付いたのは、倉庫の様な一室だった。そこはどこか血生臭く鼻を覆いたいと思ったが、自分の体は椅子に縛られ両腕は背もたれの後ろでしっかりと結ばれていた。そして、そのグレイスの目の前には父親であるビルが自分を見下ろしていた。


「お父様、これはどういうことでしょうか! 早くこの者達に私を解放するように言って下さい!」

「……」

「お父様!」

「……家の為だ。済まないな」

「お父様?」

「頼む」

「「ハッ!」」


 衛士がグレイスの口を無理矢理開くと舌をペンチの様な物で挟み手元へと引っ張る。するともう一人の衛士がその舌をスパッと切断する。


「ふぐっ……ぐぐっ……」

「止血しますので、口を開けて下さい」

「ふがっ……」


 衛士が口を開けるとグレイスの舌の切断面に焼きごてを当て、止血させるとナイフを手に持ったビルがグレイスの前に立つ。


「もう少し利口ならこうはならなかったであろうに……」

「ふがっ……ぎゃ!」


『シュパッ』とビルは手に持っていたナイフをグレイスの目の前に当てるとスッと横に引く。


「では、止血しますので」と衛士がまた、持っている焼きごてをグレイスの目に当てる。


「これで何も話せないし、何も見ることは出来ないか……約束通り命だけは取らないでおく。修道院でも達者に暮らせよ」

「ふぐぐっ……」


 王城ではビル宰相がグレイスに対し行った一部始終が報告されていた。


「そうか。最愛の娘よりも自分の地位を選んだか」

「その様です」

「残念だな。そのまま失脚してくれれば、息子の方を重用したいと思っていたのだがな。で、その息子の方はどうした?」

「それが……」

「ふむ、不明か。まあよい。あれほどの者なら、違う形で名を上げるだろうて。ご苦労だったな」

「はっ」

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