第35話 何か違いはあるんですか
「私の考えはロイド寄りだそうだよ」
特に肯定も否定もせず、店主は言った。
「けっこう。そう思いたいのなら思っていればいい。だいたい、そんな話はしていなかったと思うのだが」
「お、怒ってますか、マスター」
「私が? ちっとも」
にっこりと店主は言った。カインを嫌うと言ったときと同じ笑顔で。
そこでトールは、二者が同一人物であることを確信した。
「あの……いまさらですけど、それならどうして、マスターはアリスの件を引き受けたんですか」
知り合いのクリエイターに頼まれたから。トールが聞いていたのはそれくらいだった。カインという人物から〈クレイフィザ〉当てに連絡があったことはない。つまり、店主とカインの間には個人的な連絡方法があるのだ。
トールはてっきり、彼の主人とカインは懇意なのだと考えていた。だがどうやら逆だ。
これは彼が誤ったというより、「例によってマスターがだんまり」だからということになるのだが、トール自身は判断ミスに自省をした。
「でも、それじゃ何で」
「……世の中には、切りたくても切れない縁、というものがあってね」
「……はい」
話がどう続くかと助手は待ったが、主人の台詞はそこでとまった。
「あの」
トールは考えた。
「では、カイン氏からの通信があっても、マスターに取り次がない方がいいですか」
「そちらにかかることはないんじゃないかな」
店主の台詞は、やはりカインと彼の間に直通の連絡方法が存在することを示した。
「でも、もしあったとしても、つないでくれてかまわないよ」
「取り次いで、いいんですか」
助手は困惑した。
「切れない縁、と言ったろう?」
店主は肩をすくめた。
「さあ、もうその話はよそう。スタイコフ氏から思わぬ最新情報ももらったし、アカシたちが質問をしたがっているだろうから答えてあげて」
「はい、マスター」
トールとしては、そう答えるしかない。彼だってろくに全容を理解できていないのだが、言うなればこれは「手持ちの素材で調理をしなさい」というマスターの命令だ。
「――トール」
「はい」
「その前に、ひとつ」
店主は指を一本、立てた。
「君は、どう思った?」
「何についてですか」
「フランソワ。アリス。――エミー」
「どう、って……」
曖昧な問いかけに彼は困った。
「以前にも考えたことがあります。僕はどこまで『僕』なのだろうかと」
呟くようにトールは続けた。
「ハードとソフト、データが揃えば、それは僕ですか、マスター」
トールは質問を返した。店主は口を開かなかった。
「同種のハードを揃え、同じヴァージョンのソフトを全てインストールして、いま現在の僕のデータをコピーすれば。そこにはもうひとりの〈トール〉ができますか、マスター」
「いいや」
店主は言った。
「できないだろう」
「どうしてですか。この」
彼は自身の胸部付近に手を当てた。
「トールと、もう一体のトールに、何か違いはあるんですか。僕は……」
少し躊躇ってから、彼は続けた。
「僕らは経験も記憶もコピーできる。一方、ハードは劣化する。部品を細かく交換しても、限界があります。そうであればむしろ、もう一体の『新しいトール』の方がマスターの役に立つんじゃないかと、そんなふうに思うことも」
「……じゃないか」
「え?」
「君はもう、自分で答えを出しているじゃないか、トール」
店主は静かに言った。
「『もう一体の新しいトール』は自分ではないと。ヴァネッサのときにもそんなことを言っていたね。あのとき、君は『間違えた』と続けたけれど」
今日は?――と彼は問うた。
「君は今日も、間違えた?」
「マスター……」
二度も間違えるなんてよろしくない、と糾弾されているのだろうか。トールは自問した。否。ただ、問われている。
「正直なところを言えば、判りません。同じに決まってる、と思う気持ちと、違うじゃないかというそれは均衡を保っていて、どちらが強いとも言えないんです」
「そう」
店主は何も意見を言わなかった。
「……休憩室に、行ってきますね」
もうマスターから何か言葉を引き出せることはない。そう判断するとトールは踵を返そうとした。
「――ないよ」
「はい?」
トールは足をとめた。
「もし、仮に。君が高所から落下でもして、或いは自動車事故に遭って、どうしようもなく損壊したとしても。私は、君の似姿を作ることもしなければ、新しいロイドに君のデータをコピーして〈トール〉と名付けることもしないよ」
店主は静かに言った。
「君は、ひとりだからね」
「マスター」
トールは目をしばたたいた。
「だから、壊れないように気をつけてね、トール」
「――はい!」
力を込めて返事をすると〈トール〉は部屋を出て行った。店主は黙ってそれを見送り、オートドアが完全に閉じたあとも、しばらくそこを見ていた。
-Next Linze-roid is "Sharon".
クレイフィザ・スタイル ―フランソワ― 一枝 唯 @y_ichieda
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