番外編その4【フェインの作戦】

 俺はフェイン。フェイン・カノンという者。


 王国騎士隊副隊長を務めている。

 ガトー隊長と時を同じくして、王国からの派遣要請があり、ティシリス聖教国で暮らしていたが、この度任務を放棄して国を脱する事態となった。


「――お前たち。三日だ。三日以内に国を出ろ。必ずだぞ」

「承知しました。このフェイン副隊長が責任を持って他の人たちも連れて行きます。さぁ、お早く」


 あの時、隊長と共に行かなかった理由は三つある。


 一つ。他国とはいえ、五年も暮らせば家族や友人も増える。逃げ出したい者も救いの手を差し伸べる必要があった。


 二つ。隊長とご家族が、確実に逃げ出せる状況を作りたかった。


 騎士隊員は隊長を兄のように慕い、孤児だった俺たちを、名誉ある騎士隊に引き抜いてもらった恩人だ。

 そんな隊長を俺たち騎士隊が守るという想いがある。


 三つ。数刻のうちに追っ手がやって来る。

 この国に派遣された王国騎士隊は、隊長合わせても三十名。

 一方、本国である剣聖教団の追っ手は、百を越える。

 一対一ならまだしも、余りに多勢に無勢。


 さらに死の荒野といえど、数刻程度の距離であれば連中が見逃すような真似はしない。


 つまり俺たちは元より隊長と一緒に行くことができなかったんだ。


 これらのことは、潜入調査をして分かったことだ。

 

 ◇


「交代の時間だ」

「お、もうそんな時間か。後は任せた、といってもここを通るヤツなんざいないがな」

「そりゃそうだ。ご苦労さん」


 俺は西側の国境警備兵に変装し、潜入調査をしていた。

 もちろん俺だけでなく、隊員たちと毎日交代しながら国の動向を確認していた。


「おい、お前。本日逃亡しようとした愚か者は何人いる?」

「はっ! ここは虫一匹通っておりません!」

「ふんッ、それはそうだろうな。我ら剣聖教団から逃れることはできないのだからな。仮に逃げ出した所で、この先で待っているのは死だ」


 夕刻には必ず隊長格の者が確認を取りに来る。

 その際、虚偽報告を流す。


「はっ! 仰る通りでございます! ですが小隊長、我らはその様なヘマは致しません。ここには数名だけ残していただければ何とでもなります」

「確かにお前の言う通りだな。日に日に団長からは警備を増強せよとの命を受けているが、今やここ以外は手一杯だからな。こちらの人員を割き、他に回すよう団長に報告しておくか。引き続き門前に来れば捕らえ、抵抗するなら切り捨てよ」

「はっ!」


 さらに王国へ通じるもう一つの道、西側の国境警備兵を削減するように仕向けた。


「さぁ、みんな。今のうちにへ向かってくれ」

「「「ありがとうございます」」」


 そして気を見計らい、聖教国民を逃がしている。

 とはいえ、このまま先へ進ませた所で待つのは死の荒野。


 無策で逃がしても、道中の魔物に襲われるか、野垂れ死ぬかのどちらか一方となってしまう。

 そのため、検問所を越えた先に隊員たちが避難所を作っている。


 聖教国民には逃がす代価として、食料と水を持って来てもらい、避難所で保管させる様にした。


 俺たちがこうして警備をしているのも、国境を越えた先に仲間がいることを、連中に分からせない様にするためでもあった。


 そして機が熟せば旅立つという手筈だ。


 隊長とご家族を先に逃がした俺たちは、民と共に逃げ出す作戦を思いついたと隊長には伝えたが、それは少し違う。


 実のところ、半月前から隊員たちと協力し、脱出する策をすでに決行していた。


 なぜ隊長に本当のことを伝えなかったのか。

 それは伝えなかったのではなく、伝えることができなかったんだ。


 人一倍正義感が強い隊長は、不足の事態があれば必ず自らを盾にし、俺たちを守ることに徹する。


 今頃ガトー隊長は、こう思っているに違いない。

 隊長のオレが、部下よりも先に離脱することになってしまうとは情けないと。


 それは俺たちの役目なんだが、隊長はそういう人だ。

 

 そして、すべての報告は副隊長である俺に回ってくる。

 俺は書類を精査した後、隊長へ報告を上げている。


 これは隊員たちは知っていることだが、日々お忙しくされている隊長の負担を軽くするためでもある。

 簡単な任務であれば、我々だけで遂行し、事後報告で済ますこともある。


 ただし今回の重要な件は、真っ先に報告をした。


「大変です、ガトー隊長! 聖司祭様が突然引退され、新しく就任した聖司祭様から、税制度の見直しが発表されました。これ見てくださいよ、もうめちゃくちゃですよ!」


 隊長に報告を済ませた後、俺は年に一度、聖教国に派遣される王国大使のクラン様から声をかけられた。

 

「フェイン副隊長、新しく就任した聖司祭は、近いうちに我らとの同盟を破棄するつもりだ。我々王国だけでなく近隣諸国もまとめてな。さらに物資まで止めるという。そうなれば近いうちに戦になるのは目に見えている。帰還要請を宰相様に伝えておくが、許可を得る前にすでに手遅れになるかもしれん。そうなる前に帰還しろ。ただし南の検問所からは出れんが」


 俺はその場でクラン大使に問いかけた。

 なぜ数ヶ月の任務のはずが、これまで帰還命令が出なかったのかを問うと、急に態度を変えたかの様に、それは言えないとの一点張りだった。


 ただクラン大使から言われたことは、騎士隊は表立って行動することはできないため、王国までの帰路は西を通れと言われた。


 つまり、あの死の荒野を渡れと。

 そして隊長には報告するなとも。


 その後、俺は隊員たちにこの話をした。


「フェイン副隊長、家族を残して俺たち騎士隊だけ帰還なんてできないっすよ」

「俺も同じです、副隊長。そんな事態になるなら、できるだけ多くの人たちも連れて行きましょうよ」


 この国に来て五年。

 今や隊員たちのほとんどは家族がいる。

 そしてこの国の友人も。


 だが数が多ければそれだけ危険も増す。

 俺たち騎士隊だけならまだしも、お年寄りや女子供にあの荒野を渡れるとは思えなかったが。


「フェイン副隊長、できるできないではなく、やりましょうよ」

「俺たち王国騎士隊の精鋭っすよ。他のみんなも助けてあげましょう。それに俺たちだけ帰還しても、王国にいる仲間たちにどんな顔していいのか……」

 

 こうして俺たちは、秘密裏に作戦を練り、行動していたんだ。


 その後、思った以上に事は上手く進み、無事に聖教国を離れることができた。


 しかし……。


 ◇


 聖教国を離れて五日が経った。

 食料や水はこれまで確保してきたこともあり、まだ余裕はある。


 だが思いもよらない事態を襲った。


「フェイン副隊長! ヤツらは俺たちで対応にあたります! 先に子供たちと年配の方々を連れて行ってください! 頼みましたよ!」

「待て、バーグ! お前たちを置いていくわけには行かない!」

「今や我々に残された道は一つです。中衛と後衛には沢山の人がいるんです。前衛は任せましたよ! フライ、俺たちも加勢して、あの蛇共を食い止めるぞッ!」

「「おうよッ!」」


 繁殖期を過ぎたデススネイクの群れが、道中俺たちに襲いかかってきた。

 ヤツらは獲物と判断すると、執拗に追いかけてくる。


 千を越える民の行進は、前衛と、中衛後衛に二分されてしまい、やむなく戦えない子供と老人たちを多く引き連れて行くことになった。


 その後、さらなる事態を招いてしまう。


 ◇


「おい、王国へ連れて行ってくれるんじゃなかったのか! これは一体どういうことだ!」

「こんなことになるなら聖教国に残ればよかったわ」

「俺たちに集めさせた食い物を台無しにしやがって」

「こんな事態になったのも、元はと言えばあんたたちが悪いんじゃないの?」


「このまま進めば、また魔物の襲撃にあうことになるぞ! 俺はアドマギア帝国へ向かう。命が惜しい者は俺について来い!」

「少なくとも王国の者よりは信用できるな」

「「「俺たちもついて行くぞ!」」」


 予期せぬ事態に陥った時、見知らぬ者同士の集団行動は、何と脆いものかと身をもって知った。


 前衛には少なくとも三百人以上はいた。

 だが今となっては、大人17名と子供20名だけ。


 万端に備えた食料も底をつき、俺は半ばあきらめかけていた。


 隊長には、俺が責任を持って連れて行くと約束したのに、なんてざまだ。


「フェインさん、落ち込む気持ちも分かりますが、ここまで、みんながフェインさんに助けられたんだよ。わたしゃ何があっても付いて行くからね」

「あんた王国騎士隊の副隊長なんじゃろ? いつまでも暗い顔してちゃ、子供たちにも嫌われてしまうぞ? 去った者たちのことは気にせんでええぞ」


「あなたの言うことを聞かず、勝手に食料まで持って違う方へ行ったんだよ。あいつらがあなたを裏切ったも同然よ。今頃、後悔してるに決まってるわ」

「フェインさん、頼りないかもしれんが、ワシたちがついておる。前を向いて進もうじゃないか」


 確かにその通りだ。

 俺がしっかりしないでどうする。


 俺は今にも溢れ出そうな涙をこらえて、前を向いて再び歩き始めた。


 ◇


 皆の足はもう疲労で動けそうにない。

 子供たちは泣く力もなくなったのか、ぐったりしている子も出てきた。


 だが、前方に微かに捉えた二つの人影が見えた。

 俺はすぐさまスキル〈遠視〉を使って確認する。


「皆! まだ遠いが、前方に二人歩いているぞ!」


 さらに見渡すと、柵のようなものが見えた。


 あそこに町か村がある。

 俺はそう確信し、子供を抱きかかえながら皆を鼓舞し続けた。


 そして辿り着いた場所は、難民たちが集まる不思議な村だった。


 木柵からかなり離れた所に村の中心があり、ようやく着いたと思うと、エルフたちが大勢いた。

 そして、ガトー隊長も、この村に辿り着いていた。

 

「見た所、お年寄りと子供たちばかりだが、バーグやフライたちはどうした?」


 実は魔物たちに襲われて、隊員たちを置いて俺だけ逃げてきた、なんて言えるはずがなかった。


「何かあったということか。まぁ立ち話もなんだ。オレが案内するからついて来るといい」


 この後、俺は隊長にこれまでのことをすべて話した。


「あのクラン大使がその様なことを言っていたのか」

「はい。なぜか隊長には黙っておけとも言われました。帰還命令が出なかったことを聞くと、まるで人が変わったかの様に……」

「やはりそうか。まぁ何だ、お前もこの村で皆を待つとしようじゃないか。あいつらは必ず来るさ。そして落ち着いた時に、一度王国へ向かうとしよう。お前たちのことは、オレから領主様に伝えておくから心配するな。後は……」

「後は、何でしょうか?」


「まぁ、お前もこの村で暮らせば直に分かると思うが、オレはここの領主様は神の使い、つまり使者だと思っている。決して無礼な真似はするんじゃないぞ?」

「神の使者…ですか……。し、承知しました」


 あの隊長からという言葉が出てくるとは思いもしなかったが、俺はすぐに隊長が言っていた言葉の意味を理解することになった。

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