2. リセットは恒例に

「うわぁっ!……はぁ、またか〜」


 嫌な汗が背中を伝った。

 心臓が落ち着くのを待ちながら、カーテンと窓を開く。まだ少し冷たい春の風は、ボクの不安を吹き飛ばしてくれた。

 そうして深呼吸をして、体内に残った悪夢の残骸を吐き出しきる。


 ベッドの横にある鏡を見ると、黒髪の煌めく瞳をした美少年が映っていた。

 そうしてボクは、今日もボクであることを確認する。


「うん、大丈夫。ちゃんとされてる」


 独り言を呟いて、ボクは朝の身仕度を始めた。


 ★


 ボクの名前は継田あやむ。

 容姿端麗、成績優秀、実家金持。底抜けにお人好しでポジティブな性格を持つ高校生。


 そこまで聞くとただの恵まれた人物のように思えるかもしれないけど、ボクにはとある悩みがある。そのせいで夜しか眠れないんだ。


 ボクは何度も何度も、今日を迎えている。


 それに気がついたのはわりと最近だ。

 最近と言っても、通算で8年くらい前になるけどね。


 まるでゲームのように、ボクは事あるごとにこの始業式の日に戻っては、人生を、いや、やり直している。

 恋の相手は7人いて、みんな個性的で可愛くて、ボクはみんなが大好きだ。しかもそれぞれに恋をした経験があるから、当然それぞれに愛着がある。


 でも、ボクが正しい道を選ばないと、7人のうち誰かが必ず不幸になった。死んだり、殺されたり、狂ったり。いろいろと。

 それが嫌だから、ボクは必死にみんなを救おうとしてきたけれど。前回もまたダメだったみたいだね。

 誰かが悲しむたびに人生がリセットされて、ボクはこの日に帰ってくるんだから。


 つい数分前に体験した、最悪なバッドエンドがフラッシュバックして、軽い頭痛が走った。

 大好きな彼女たちのあんな顔なんて、一回たりとも見たくはないのに。


 でも諦めないよ。

 だってボクは底抜けにお人好しでポジティブで、みんなのことが大好きなんだから。


 それに何度も同じような経験を繰り返してきたおかげで、大事なターニングポイントは把握している。

 何をどうすればハッピーエンドになるのか、ボクは知っている。ボクは最強になり続けている。ボクだけがみんなを救う術を知っている。


 リセットの度になぜか短くなっていく前髪を整え、鏡の中の、一番最初のボクに言った。


「大丈夫。今度こそみんなを幸せにしてみせるね!」


 鏡の中の、目隠れの初期あやむボクは、確かに頷いた。


 ★


 制服に着替えて、リュックを持って、広々とした快適でゴージャスなリビングに移動する。


 今朝は何を食べようかな、なんて呑気に考えていたら、ボクの目が小さな人影を捉えた。


 真っ赤な長い髪をふんわりと三つ編みに結い、唇は苺色にほんのり色付いている。

 小学生と間違えそうなほど小柄だが、テキパキとキッチンを歩き回る様は歴戦の主婦を彷彿とさせる。

 鼻歌を歌いながら味噌汁をよそう、かわいい小さな金魚ちゃんにボクは挨拶をした。


「おはよう緋奈多ひなた!」

「おはよう、あやむ。目玉焼きは半熟がいい?」


 制服の上からエプロンを着て、ボクに微笑む小さな彼女。

 一人目の大切な人。


 ボクの幼馴染み、丹野緋奈多がそこにいた。

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【カラフル彼女】Show the true colors 㐂太郎 @n4_seven

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