第28話 幼馴染は引きこもり
「ただいま帰りました」
「……なんでクソ女が……」
食べていた棒アイスを、千尋はぽろっと玄関に落とした。
「あーあ、もったいない……」
「いやいや、飛行機代に比べたら何ももったいなくないけど!?」
現実味がないと、千尋はふるふると首を横に振る。
「それくらい、私にとってははした金です。それに、もったいないというのなら向こうで決めた家の家賃とか、運送代とか、機会損失とか、もっともっともったいないことありますしね」
「えっ、えっ……? えっ!?」
「どうしたんですか、千尋ちゃん? さては、私の金銭感覚についてこれてませんね~?」
「あんたの狂った金銭感覚はどうでもいいのよ! そんなことより――それって!」
「はい、予想どうり、しばらくここでお世話になります」
「ちょっと!!! 兄ぃ!!!! 説明責任!!!!」
帰ってきて早々に千尋の質問攻めを受けることになってしまった。だけど、これもまた日常の一部。依里のいる日常が戻ってきた。
「あ、段ボール受け取ってくれてたんですね」
窓から依里が入ってくる。もう昼の12時だが、どうやら今起きてきたようだ。髪もぼさぼさで、パジャマも縒れている。
「これは僕の荷物だからね」
「恭弥がネットで注文するなんて、珍しいですね」
「ここしばらく家から出てなかったから」
「私に気を使わなくていいんですよ? 買い物とか行ってるじゃないですか」
「それはそうなんだけど……あんまり、こういうのはさ……」
「何ですか!? えっちなものとか買ったんですか!? ちょっとその段ボール見せてください!」
僕の持つ段ボールを奪取しようと突進してくる。さらっと躱して部屋の外に置いた。
「私がこの部屋から出れないと思いましたか? もう今までの私とは違うんですよ! 相星依里バージョンツーになりましたからね!」
「へぇ……?」
「もう引きこもりなんて言わせません! 自宅警備員です!」
「変わらないじゃん……」
「変わりますよ! 部屋から出ないんじゃないんです。家から出ないんです! というわけで――とりゃー!」
依里は僕の脇元を潜り抜け、部屋から脱出する。荒く止められていたガムテープを勢いよくはがした。
「……って、なんですかこれ。女物の服……まさか、女装コスプレ!」
「依里の服だよ」
「?」
依里が真面目に頭の上に疑問符を浮かべてしまった。なんで依里は自分のことになるとこんなに頭が回らないんだ……?
「私、服着てますけど……もしかして、この服は恭弥には見えない特殊な素材が?」
「ははーん、さてはお前はバカだな?」
「実はバカじゃないんですよ! 私、恭弥がそういう下心を持っているってこと、知らないわけじゃないですもん!」
……普通にバカじゃなかった。
って言うかなにその話。ボケていたつもりだが急に冷静になってしまった。冷汗が止まらない。
「恭弥の部屋にそういう本があるの知ってますもん! タンスの裏と勉強机の一番下の棚に、参考書に紛れておいてありました!」
「……やっぱ依里、この部屋に泊まる話はなかったことに……」
「そういわれると思って言ってなかったんですよ!」
「じゃあ永久に胸の中に秘めとけ!」
「でも、そんな……使い道のない女性服を恭弥が買っていたので……」
「依里が着るんだよ」
「私に着せて……何をしようというんですか!?」
「僕のシャツを普段使いするのをやめろって言ってるの!」
依里が僕のシャツを適当に着ていくものだから、どんどん着ることのできる服が少なくなっていく。
「別に、恭弥も着ればいいじゃないですか。公共財です、公共財」
「僕の私物だよ」
「じゃあ私の部屋にある服も着ていいから! 自由に私の服着ていいから!!!」
「そういう趣味はないんだよね……」
「私が恭弥の服着る趣味あるみたいじゃないですか!」
「あるだろ」
「ないですよ! これは恭弥の部屋にあったから着てるだけです!」
「それもそれでどうなんだ……」
「ま、その服をこの部屋に置いてくれるのなら、着てあげないこともないですがね……」
「すげー偉そう……ってか、依里の部屋と僕の部屋は繋がってるっていう建前じゃなかったの?」
「パンツ一枚しか準備してなかった時にあの窓から身を乗り出して移動したいと思いますか? つまりはそういうことですよね」
「明らかな準備不足じゃん」
「もちろん、パンツ一枚は恭弥用の例えです。変なところで妄想掻き立てないでくださいね……? ちなみに、現実はもっと悲惨でしたから……」
「聞かないけどさ……」
気にはなるけど。
「というわけで、私は恭弥の部屋の服を着るようにしたのです!」
「依里の服を持ってくるっていう発想は?」
「その辺はほら、暗黙の了解ですよ。恭弥が私に電話をかけてこなかったように」
「引っ張るねぇ」
「この部屋で寝るっていう言葉がそのまま一緒のベッドで寝るって意味になったように!」
「今日ブレーキ壊れちゃった?」
「すみません、普通にちょっと、なんか嬉しくて」
これは依里なりの照れ隠しなのかもしれない。
喜ばれてやっと、これが依里にあげる初めてのまともなプレゼントだということに気が付いた。そもそも、プレゼントという意識すらなかったので、あまりにも雑なものを買ってしまったかもしれない。
一応、幼馴染の女の子に着てもらいたい服を選んだつもりなのだが。
こういうのは、現地に行って買うべきだよな……。
「そんないいもんじゃないよ。なんなら僕が着るから」
「やっぱり女装したいんですか!? さっきスカートとか見えましたけど!」
「ごめんやっぱ着ないわ」
依里は、段ボールの中に丁寧に梱包されているビニールを開ける。外側から見て一目でわかるスカートのようなものもあれば、どの部分なのか微妙に分かりにくいチュニックなども混じっていた。
「なるほど……これを私が」
「僕の服より気に入ってくれたら幸いです」
「ありがとうございます!」
元気いっぱいの感謝をもらった。
いつもの依里とはまた違う――キラキラとした瞳で服を眺める依里は、16歳という年相応の女の子だ。
「恭弥の服を着ないかと言われればまた別ですけど、ありがたく着させていただきますね!」
それから――しばらくして。
「ねぇ、この間あげた服は?」
「もったいないじゃないですか!」
いつもの悪癖が出ていた。依里のもったいない精神が発動して、服は開けられた段ボールに入れられたまま部屋の片隅に君臨していた。
「着なきゃ服の意味ないじゃん」
「着たらボロボロになっていっちゃうんですよ!? 服って消耗品なんですから!」
「だったらなおのこと僕の服をボロボロにさせないでよ……」
「女子高生が着た服、ですよ? 市場価値的にも高いんじゃないですか?」
「『元』な」
「いつでも復帰可能ですから!」
「それに、舘山家での市場価値は低いです。依里と千尋しか着れないので」
「あー! 恭弥私が着ないなら千尋ちゃんに渡そうかな、とか考えてましたよね!?」
「そりゃ依里が着ないならな」
「そういうことですよこのバカ兄ぃ」
両腕を組んで、依里はベッドの上に登って僕を見下す。声音まで千尋に寄せた作り上げられたモノマネだった。
「僕は依里の兄じゃないんですけど」
「似てませんでした?」
「かなり似てた。最悪だった」
「最高の誉め言葉と受け取っておきましょう」
「それ聞いたら千尋怒るぞ……」
「お互い様ですよ」
ははは、と僕と依里が笑っていると――なぜか、こういうタイミングに限って扉が開いた。その先には、眉間に皺が寄った我が最愛の妹が一人……。
「声、漏れてるからうるさいなぁって言いに来たんだけど……」
「……うん、千尋ちゃん、ごめんね……?」
「うるさくして悪かったな、ははは……」
「近所の人たちに言いふらしちゃうんだから。男女二人がずっと同じ部屋で暮らしてますって。館山家の長男と相星家の女の子ですって」
「なんでそう陰湿な嫌がらせを思いつくんだよ!」
「千尋ちゃ~ん……(泣)」
地面が割れるかという速度で僕と依里は千尋に土下座を決めた。
依里がこの部屋に引きこもるようになって――3か月。
もうすぐ夏が終わる。
依里は、相変わらず僕の部屋に引きこもっている。
だけど――一つ。大きく変わったのは、依里と僕の関係性。
「ダメになるにしても、私たち――一蓮托生ですよ?」
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長い間二人の物語にお付き合いいただきありがとうございました。
新作『クラスで1番の完璧美少女様。実はポンコツな女の子でした!~完璧才女の見守り係~』もよろしくお願いいたします。
こちらはいちゃらぶコメディーです。
幼馴染がひきこもりになってしまいました……僕の部屋で。~特にどこに行くわけでもない幼馴染が毎日僕の部屋で遊んでいます~ 一木連理 @y_magaki
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