第174話 社畜、食いつく
「指名依頼!? すごいじゃんアラタさん! 普通、新人さんにオファーなんて来ないんだよ!?」
熱気と喧騒の立ち込める薄暗い店内で、リンデさんが嬉しそうな声を上げた。
テーブル越しに座る彼女の手には、すでに空になりかけた木製ジョッキが握られている。
……もう十杯目である。
この手の酒場は基本注文と同時の支払いらしく、彼女が自腹で勝手にグビグビ飲んでるわけだが……さすがに飲み過ぎでは?
「あの、大声は……あと、飲みすぎじゃないですか」
「大丈夫大丈夫ゥ~! こんな騒がしい中で、私の声なんて誰も気にしないから!」
すでに出来上がっている彼女は上機嫌だった。
ちなみに『飲みすぎ』の方はノーコメントだった。
まあ、明日死ぬほど辛い目に遭うのはリンデさんなわけだが……仕事とか大丈夫だろうか。
もっとも、大声で話しても誰も気にしないであろうというのは本当だ。
彼女と似たような状態の連中が、この酒場『
周辺のテーブルはどこもワイワイと盛り上がっており、こちらを気にする者は誰もいない。
それでも周囲の様子を気にしてしまうのは……俺がまだそれほど酒を飲んでおらず正気を保っているからだろう。
とはいえ、こちらも内緒話をしているわけでもない。
盗み聞きされたところで、困ることはない。
まあ、あまり気にしないようにしよう。
ということで、ひとまず注文したフィッシュアンドチップスみたいな料理に手を付ける。
この街では、ケチャップの代わりにチリソースのようなディップにつけて食べるスタイルのようだ。
「……うまっ」
噛んだ瞬間、揚げたてのサクサクの香ばしい衣と、アツアツな白身魚が口の中でほぐれていく。
油臭さも川魚特有の泥臭さもなく、ただただ旨味が口の中を満たしてく。
酒場の猥雑な雰囲気からは想像できない丁寧な下処理だ。
もちろんピリ辛のディップが良い仕事をしているのは言うまでもない。
付け合わせのフライはジャガイモの風味ではないが……イモっぽい食べ物なのは間違いない。
こっちも外はサクサク、中はホクホクでなかなかの美味だ。
うーむ……これぞ酒場メシ。
「ほら、クロも食べてみろ。美味いぞ」
「…………」
ふうふうと息を吹きかけ冷ました魚のフライを、俺の足元で寛ぐクロの鼻さきに持って行ってやる。
クロはフンフンと匂いを嗅いだ後、パクッとフライに食いついた。
パタパタと尻尾を振っているので、気に入っているらしい。
よしよし。
それにしても、この店もリンデさんのオススメだったが大正解だ。
というかリンデさん、相当この街のグルメを食べ歩いているな……?
まあ、避難先がそこそこ大きめの街ならば、食の探求は当然の行動とも言えるが。
「……で、相談っていうのは指名依頼の詳細のことだったっけ?」
「まあ、はい」
しばらく夢中で異世界フィッシュアンドチップスを頬張っていたら、リンデさんが急に話を振ってきた。
相変わらず酔っぱらっているようだが、口調はしっかりしている。
目元はちょっとフワフワしていたが。
俺は頷いてから、続ける。
「リンデさんも元冒険者で、スウムの集落で冒険者ギルドの仕事もされていたじゃないですか。なので、指名依頼の実態をご存じかな、と思いまして」
「あーまあ。……あそこでの話じゃないけど、知ってることは知ってるかな。ジェントではないけど、私も登録してたし」
なんと、リンデさんも指名依頼をこなしたことがあるらしい。
まあ、小さな集落とはいえ冒険者ギルドの支部を任されているのだから、腕は立つのだろうとは思っていたが。
「ぜひ、そのときのことをお聞かせいただければ」
「もちろんいいよー! あっ、もう一杯おかわりお願いしまーす!」
元気な返事とともに、リンデさんが店の厨房に向かってジョッキを掲げた。
本当にちゃんと話してくれるんだろうか……ちょっと心配になってきたぞ。
◇
「――という感じかな」
結論から言えば、彼女の体験談はアルマさんから聞いた話とそう大きく乖離した点はなかった。
登録する利点は、報酬アップや各種便宜を図ってくれる、などなど。
ちなみにリンデさんはそれを利用して魔法の研究用アイテムを取り寄せたり、あちこちで食べ歩きの旅をしていたらしい。
ちなみに脱線ばなしとして、彼女の武勇伝も話してくれた。
彼女は盗賊の討伐依頼については一家言持っているらしく、商隊護衛依頼のさいの立ち回りから、返り討ちにしたあと逃亡した盗賊の追跡方法や敵のアジトの見つけたときにどうやって少数で制圧するかなど、こだわりのノウハウを
模範的現代人たる俺には到底真似できない内容ではあったが、冒険者たちの応戦甲斐なく制圧され丸裸になった商人たちの辿る末路を聞けば……連中への仕打ちもやむなしといったところではある。
……そういえば彼女、昔スウムの集落が盗賊に襲われたときにも住民のみなさんと一緒に戦って返り討ちにしたんだっけ。
というか話を聞く限り、住民の皆さんじゃなくリンデさんが無双したんだろうな……
この人、やさぐれ美人以外のイメージがなかったけど、実はとんでもない武闘派だったらしい……
しかしそんな彼女に恐れられるフィーダさんは冒険者時代、一体どんな武名を轟かせていたのだろうか。
……今度砦に行ったら聞いてみよう。
それはさておき、彼女の話の中で俺が聞かされていない新情報が飛び出してきた。
それは――
「ギルドで貸家の斡旋をしてくれるんですかっ!?」
「おっ、やっぱりアラタさんもそこ食いつく感じー?」
リンデさんがニヤリと笑みを浮かべる。
そりゃ、食いつくのは当然だろう。
まさかここで、異世界の拠点がゲットできる可能性が出てきたわけだからな。
もちろん宿を取っての旅暮らしも嫌いじゃないが、別荘……といかなくても、ちょっとした貸家があればできることがいろいろ増える。
寝泊りはもちろんのこと、ダンジョンでゲットしたアイテム類を保管する場所が欲しいと思っていたのだ。
「そこ、詳しくお聞かせ願います」
「う、うん」
思わず身を乗り出してしまった俺を見て、リンデさんがちょっと身体をのけぞらせながらも話しだした。
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