第173話 社畜と魅力的な提案
「指名依頼、ですか」
「うん。興味ない?」
アルマさんがためらいがちに聞いてくる。
指名依頼……名前からすると、俺と見込んで依頼をしてくる、という意味だろうか?
というか、そもそもである。
「すいません。指名依頼って何ですか?」
「あっ、そこからかぁ~……」
アルマさんがカウンターの向こう側でガクッと脱力する。
「そういえば、アラタさんって冒険者に登録してそう時間も経ってないんだっけ……一応、説明させてもらっても?」
「まあ、話だけなら」
「うん、そうこなくっちゃ!」
俺の返事に、アルマさんがちょっとホッとしたような笑顔になる。
……正直、俺としては難度の高い依頼をわざわざ受けるメリットも感じられないし、あまり興味はそそられない。
とはいえ、話自体は聞いておいた方がいいと思った。
単純に、内容も聞かずに『いやいいです』と拒否するのは、さすがに心証が悪いだろうし。
それに……別にジェントの冒険者ギルドに思い入れはないが、今後もここを拠点として依頼を受ける可能性はあるからな。
彼女が続ける。
「ま、今すぐどうこうって話じゃないから安心して。で、『指名依頼』っていうのは――」
「……なるほど」
アルマさんの説明によれば、『指名依頼』――正式名称は『指名依頼登録制度』という――は、一定の実力を持つ冒険者に対して、掲示板に張り出す前の好待遇の依頼を優先的に回したり各種の便宜を図ったりする代わりに、普通の冒険者では対処不可能な案件が出てきたときに解決能力のありそうな冒険者に対して名指しで依頼をかける……という制度らしい。
総合すると……冒険者のための制度というより、ギルドが自分の
まあ、冒険者からすれば一般から上級(?)にランクアップするような感じではある。
というか、薄々思っていたことだが……冒険者ギルドって人材派遣会社とそっくりだな……
まあ、仕事の内容が違うだけでやっていることは登録制バイトみたいなものだから、そう思うのも当然ではある。
うーむ、世知辛い……
とはいえ異世界も人間の社会が存在する以上、『需要』と『供給』の関係からは逃れられない。
結局、どうしても発生する仕組みなのだろう。
それはさておき、いきなり俺を指名した依頼が入っている、というわけではないらしいのでちょっとホッとする。
「あ、一応待遇についても説明しておくね」
これについては、まあ想像した通りの内容だった。
つまり……貴族や有力商人とのコネができたり、割のいい依頼を回してもらったり、ギルドの情報網を活用できたり、提携している宿屋や商店、武具屋などで割引が効いたり腕のいい職人を紹介してくれたり……などなど。
とはいえ説明された内容が本当ならば、それなりに厚遇されるようだ。
さすがに人脈方面は詳しく聞けなかったが、宿や商店などについては具体的にどこそこ~と名前も出していたので(ちゃんとまともな店だった)、その辺は信用していいだろう。
割のいい依頼というのも、アルマさんから聞いた限りでは掲示板に張り出されているものよりは多少難度が高そうではあるが、俺の実力なら問題なくこなせる程度である。
そして報酬額は通常の1.5倍から3倍くらいはある。
今後、この街で腰を据えて活動する冒険者ならば、かなり魅力的な条件ではある。
文字通り、桁が一つか二つ違う稼ぎ方ができるだろう。
ただ……となれば、当然の疑問が浮かんでくる。
「一応確認ですが、この支部で登録をしたあと、別の支部で同じように登録することはできるんですか? ……たとえば、スウムとか」
「あ、それは心配しないで大丈夫。ここで登録すれば、さすがに王国全土ってわけにはいかないけども『西部冒険者ギルド連合』内では情報共有されるから。ただ、管轄内の他の街で活動する場合は、一応一言連絡入れてほしいかな。いざという時にダブルブッキングしちゃうと面倒だからね」
「ということは、別の支部からも指名依頼が入る可能性も?」
「まあ、そういうこともあるかも。そこでも名前が売れていたら、だけど。たいていの支部は、情報だけじゃなく、実際の仕事ぶりを見て判断するだろうからね」
なるほど。
その辺はだいたい予想通りの回答だ。
「で、どう? とりあえず検討だけでもしてくれるなら、私的には嬉しいんだけど。もちろん実力以上のムチャな依頼を振ることは基本的にないし、そもそも依頼自体を断る権利はちゃんとあるから」
「そうですね……」
条件を聞く限り、魅力的ではある。
前向きに検討する価値のある提案だとは思った。
ただそれでも、今すぐこの場で返事することはできなかった。
正直、ギルドの紐付きになるには俺の生活はアンバランスすぎるし、説明されてない不都合な条件がないとは限らないからだ。
「ま、いますぐ返事してもらわなくても構わないよ。こっちも急いでるわけじゃないから、後日また条件とかを確認しに来てもらってもいいし」
と、俺の心中を察したようにアルマさんが肩を竦めてみせた。
それから、こう付け加える。
「ただ……もし登録してくれるなら、ジェントでしてもらえると嬉しいかな」
「分かりました。ひとまず検討はさせていただきます」
「よろしくね! あ……それともうひとつ」
カウンターを離れようとした俺に、アルマさんが声をかけてくる。
「アラタさんの本業は商人だと思うから大丈夫だと思うけど……ギルドを通さず個人で依頼をかけてくる人がいたら一応は用心してね。ジェントは他と比べてそこまで危険な街じゃないけど、筋の悪い連中がいないわけじゃないから。……そういう依頼を弾くのも、ギルドの仕事の一つだから」
「……ご忠告、ありがとうございます」
これについてはアルマさんに賛成だ。
さっきの三バカみたいな連中もいるわけだし、こっちの人たちが全員善人とは思っていない。
気を付けることに越したことはないだろう。
まあこっちも、冒険者ギルドそのものを全面的に信用しているわけではないが……あえて口に出すことはないだろう。
「うん、それじゃまた来てね。……絶対だよ!」
「ええ、また」
今度こそ、彼女に挨拶をしてからクロと一緒にギルドを出た。
『指名依頼』か……ひとまず、リンデさんを夕飯に誘って相談してみるか。
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