第172話 社畜、勧誘される
「「アルベルトオオオォォォーー!?!?」」
『竜の顎』の残る二人が立ち尽くしたまま、大声で叫んだ。
やべぇ……完全にやり過ぎぞこれ……
俺は俺で焦っていた。
まさか反応すらできずに、派手にぶっ倒れるとは思わないだろ普通……
今まで戦ってきた連中はなんだかんだで強かったから、そういう基準で冒険者を見ていた。
だが彼ら三人とは、予想よりはるかに実力差があったらしい。
もちろん弱い方に。
ていうか今倒したヤツ、アルベルトって言うのか……見た目からは想像できないカッコイイ名前だ……
「ぐぬふ……」
と、床に突っ伏していたアルベルトが呻き声をあげ、ゴロリと仰向けになった。
まだダメージが抜けきっていないのか立ち上がる様子はないが、うっすら目を開いているのでとりあえず死んではいないらしい。
胸の内でホッと安堵の息を吐く。
「おいアルベルト、大丈夫か!?」
「アルベルト……!」
慌てて残りの二人がアルベルトさんに駆け寄る。
そして彼の無事を確かめると、再び立ち上がり、俺に向き直った。
「クソ、やりやがったな!」
「キヒッ、絶対に許さんぞ!」
二人が怒りと恐怖がない交ぜになった表情で俺を睨みつけ、戦闘態勢を取る。
さすがに仲間を倒されたら仇討ちになるよな。
とはいえ俺もここで引き下がるわけにはいかない。
二人を迎え撃とうと、とりあえず両の拳を構えた。
そして――次の瞬間、二人が同時に動いた。
「アルマ
「キヒイィィッーーッ!! こ、こいつが俺らの仲間をやりやがったんだアァーー!」
踵を返し、ギルドの受付カウンター目がけて一目散に駆け出したのだ。
なんと二人は受付のお姉さんに泣きついたのだ。
まさかのまさかである。
マジかよ……相手が弱そうだからとイキってたのに返り討ちされそうになると思った途端に秒で警察(受付のお姉さんだが)に泣きつくタイプのワルとか、漫画の中でも見たことないぞ……
一瞬何が起きたのか分からなかったほど、連中の行動は予想の斜め下だった。
とはいえ、当然ながら受付のお姉さんがそんな二人にいい顔をするはずもなく。
「……『冒険者は自己責任』だ。あんたらも今まで散々やってきたことだろう? 当事者同士でなんとかしな」
凍てついた視線で、けんもほろろにあしらわれていた。
「くそ、舐められたままでたまるか……!」
とはいえ、さすがに二人もここで引いたら立つ瀬がないと思ったようだ。
急いで俺のところまで戻ってくると、それぞれ拳を構えた。
そして、言い放った。
「おい駆け出しィ! お前誰に手を出したか分かってんのか!? 俺らはフィーダさんを知ってるんだぞ!」
「キヒーッ! お前も冒険者なら、名前くらいは知っているだろう!! 『監視砦の
「!?」
フィーダさんって、あのフィーダさんか?
もしかしてこの三バカ、フィーダさんの元部下だったりするのか!?
だとすると、さすがに手荒な真似はできないぞ……などと思っていたら。
「あ、そいつらフィーダ元教官を『知ってるだけ』だよ。そもそもこいつら、戦闘教練に耐え切れず三日で逃げたからね」
「「アルマ姐さあぁぁんっ!?」」
「…………」
…………ダメだ。
一瞬でも心配した俺がバカだったようだ。
そういえば以前、リンデさんが言っていたっけ。
砦の兵士長になる前のフィーダさん、冒険者ギルドで教官みたいなことをやっていたって。
「で、どうするんですか?」
「るせぇ! 駆け出しに舐められたらこっちも商売あがったりなんだよォ!」
「キヒーッ!! や、やってやらぁ!」
さすがに覚悟を決めたのか、残りの二人も襲いかかってきた。
……まあ、実力のほどはさっきのアルベルトと似たり寄ったりだった。残念。
◇
「……アラタさん、災難だったねぇ」
乱れた服を直していると、受付のお姉さんがカウンターから出て、近づいてきた。
「あ、私はアルマ。さっき三バカが呼んでたから知ってると思うけど」
「……先ほどはお騒がせしました」
どうやらこの人が、リンデさんの言っていたアルマさんらしい。
結局二人とも見事なトリプルアクセル(縦回転)をキメてギルドの床にダイブして動かなくなったところをギルドの男性職員に回収されていったので、今はギルド内も普段の喧騒を取り戻している。
冒険者ギルドには医務室みたいな場所があるらしく、目覚めるまでそこに寝かしておくそうだ(緊急時以外は有料らしい)。
余談だが、大男はジークバルド、もう一人の小男はワイアルドというらしい。
名前だけはめっちゃカッコイイ三バカだった。
「それにしても、やるじゃんアンタ。身なりは商人みたいだけど……
「……いえ、多少護身術の心得があるだけです」
「ふぅーん?」
少々誤魔化し方が弱かったのか、アルマさんは意味深な視線を俺に投げかけただけだった。
まあ、高校の授業で剣道と柔道をほんのちょっぴり習ったことがあるから……嘘はついていない。
「ま、他人の過去を詮索する趣味はないけどね」
言って、アルマさんは肩を竦めた。
と、そこで俺の素朴な疑問が浮かぶ。
「ギルドは冒険者同士のいざこざに介入することはないんですか?」
「さっき言ったでしょ、『冒険者は自己責任』だから。そもそもギルドの積極的な介入は、冒険者の活動を阻害することもあるから慎重なの。まあそこはいろいろな事例の積み重ねがあってのことだから、『察してね』としか言いようがないけど……もちろん相談されれば話『だけ』は聞くし、殺し合いになりそうなら止めはするけどね」
『だけ』を強調したのは、さっき『竜の顎』に泣きつかれたからだろう。
要するに、これまでの経緯も分からないのに一方に肩入れすると後々面倒なことになりかねない、という判断なのだろう。
彼女が苦笑しつつ続ける。
「あいつら、最近受けていた依頼が立て続けになくなってカリカリしていたからさ。ほら、白銀の聖女様が襲撃されていろいろあったでしょ? あれでギルドに入ってきてた街頭警備依頼とか、商隊護衛依頼とかを中心にかなりキャンセルが入っちゃったから」
「……ああ」
まさか彼らも例の事件のあおりを食っていたとは。
そういえば、三バカ……『竜の顎』は聖女様のパレードを楽しみにしていんだっけ。
「まあ、だからといって新人から巻き上げるのが許されるわけではないけどね。あいつらも、しばらくは大人しくしているでしょ」
そういう殊勝なタイプには見えなかったが……
とはいえ少なくとも俺の実力は知れただろうから、向こうから積極的に絡んでくることはないだろう。
……さて、そろそろ宿に戻るか。
あまり立ち話でアルマさんの仕事を邪魔するのもよろしくないし。
それに今日はこっちで一泊する予定だが、せっかく少なくない報酬も手に入ったことだし街の飲食店街で食べ歩きでもしようかと思っている。
こっちの食事、意外と美味いんだよな。
酒もいろいろあるみたいだから、飲み比べとかしてみたいし。
「それでは、私はこれで」
「あ、ちょっと待ってくれない?」
と、アルマさんにお辞儀をして立ち去ろうとしたら引き留められた。
「あの、何か」
「いや、引き留めて悪いんだけどさ……アラタさん、結構な実力者みたいだからさ」
「はあ」
なぜかアルマさんは少しだけ逡巡するような様子を見せてから、口を開いた。
「アラタさん……『指名依頼』に興味はない?」
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