第171話 社畜、冒険者ギルドでトラブる(※)

「……採取依頼のわりに、ずいぶんと時間がかかったね」



 夕方。


 受けていた依頼の『大岩ガザミの卵』を引き渡したら、受付のお姉さんにチクリと小言をいわれた。


 それも当然だ。


 なにしろ依頼を受けてからすでに三日が経過している。


 この依頼はダンジョン探索が必須なので余裕をもった期間が設定されていたが、それでも今日の夕方が期限だったのだ。


 おかげでギリギリでの納品となってしまった。


 一般的な冒険者の皆さんがどのくらいきちんと期限内に依頼を達成してくるのかは分からないが、そもそもギリギリに報告するのは社会人的にはアウトよりのセーフであることは分かる。


 もちろんタイトなスケジュールで進めなければならない仕事というものもあるにはあるが……


 まあ、俺の場合はそもそも以前ダンジョンで大岩ガザミのメスを倒していたものの卵は未回収だったわけだが。


 言い訳をすると、あの時はアンリ様を助けるのに頭がいっぱいで、ダンジョン攻略の最中に依頼のことなど考える余裕はなかった。



 ……ということで、ターシャさん修道院を出たその足で急いでボイラ祭祀場跡まで向かい、ふたたび大岩ガザミを狩って卵をゲットしてきた次第である。


 まあ、仮に最初の時にきちんと仕事をしていたとしても蟹の生卵が三日も常温でつわけがない(さすがに現実世界に持って帰るわけにもいかないし)ので、結局は同じなわけだが……そんな事情を、受付のお姉さんに話すわけにもいかず。


 なので、



「いやぁ……あの化け物蟹、けっこう甲羅が硬くて……」



 なんて誤魔化すくらいしかできなかった。



「まあ、期限内なら別に問題ないけどさ。……冒険者は自己責任の世界だけど、だからって駆け出し君の心配を誰もしないわけじゃないんだよ?」


「ご心配おかけして申し訳ありません……」



 実は結構心配されていたらしい。


 そういえば、受付のお姉さんは最初にいろいろ手続きしてくれた人だった。


 もしかして、俺の顔を覚えていてくれたのだろうか。


 だとすれば、ありがたい話である。



「ともかく、お疲れさん。もしかしたらまとまったお金が必要なのかもしれないけど、次からは自分の身の丈に見合った依頼を受けた方がいいよ? 死んじゃったら元も子もないんだからね……はい、報酬」


「ありがとうございます……肝に銘じます」



 報酬を受け取りつつ、彼女に頭を下げた。




 ◇




「ええと……結構いい額だな」



 冒険者ギルドの休憩スペースにあるテーブルで、俺は先ほど貰った報酬を確認する。


 しめて、銀貨25枚。


 こっちの物価や価値基準、それに命の価値すらも日本のそれとは異なるだろうから簡単に換算することはできないが、今朝食べた『パン挟み』の金額が銅貨3枚だったことを考えると、かなりの高報酬であることが分かった。


 一応、銅貨10枚が銀貨1枚換算なので、『パン挟み』が500円から600円くらいの価値だと考えると銀貨25枚はだいたい5万円前後といったところか。


 命の危険を冒して得た報酬と考えるとまったく割に合わない金額だが、そもそもが高難度ダンジョンの依頼なので、熟練冒険者のお小遣い稼ぎ程度と考えればちょうどいいのかもしれない。


 いずれにせよ、駆け出し冒険者がギリギリの実力で挑むべき依頼でないことだけはよく理解できた。


 受付のお姉さんが呆れた顔をしていたのも頷ける。


 次からは、もう少し自重した方がいいかもしれない……また無理をして、誰かに心配かけるのもよろしくないしな。


 とはいえ、ある程度こちらの物価や庶民の生活について学べたのは良かった。


 後日ソティをこっちに連れてきても、何もわからなくて白い目で見られるような事態は避けることができそうだ。



「……さて、と」



 ひとまず、これで異世界で済ますべき用事は片付いたかな。


 ソティの異世界案内ついては、アンリ様の件が落ち着いてからの方がいいだろう。


 ただ……どうなればこっち側の状況が落ち着くのかが全く見通しが立たないのがネックだろうか。


 というか、ロルナさんとフィーダさんがいる監視砦の様子も心配ではある。


 今のところ砦が陥落した、とかその手の話は聞かないので大丈夫だとは思うが……


 とにかく、一旦宿に戻ろう。


 そう思い、席を立ったその時だった。



「おっ、いつぞやの駆け出しじゃねぇか。まだ生きてたのか」



 背後から声を掛けられ、振り向く。


 そこには、見覚えのあるワルそうな三人組が立っていた。


 2メートルはありそうな大男と、その両脇にこれまた悪そうな顔の小男が二人。


 ええと……たしか『竜の顎』、だったっけ。


 右も左も分からない俺に、ここのギルドでの作法を教えてくれた冒険者たちだ。


 とりあえず、軽く会釈する。



「あ、先日はどうも」



 だが、男たちは俺の挨拶に反応することはなかった。



「ヒヒーッ! おい見てたぜェ? 随分と羽振りがいいみてえだなァオイ」



 そんなことを言いつつ、小男の一人がニヤニヤ笑いながら俺に近づいてきたのだ。


 ポケットに両手を突っ込みつつ、肩で風を切りながら。


 ん……?


 なんか様子が妙だな……と思ったところで気づく。


 連中の俺を見る目が、獲物を狙うハイエナのような鋭い視線であることに。



 なんとなく周りを見回してみると、周囲の冒険者たちが俺たちの動向を窺っているのが分かった。


 しかし彼らは俺と目が合うと、青い顔でサッと視線を逸らしてしまうのだ。


 そのうち何人かは気の毒そうな表情をしていたが、特にこちらに声をかけてくることはなかった。



 あー……そういうことね理解理解。



 連中の、このギルドでのポジションが何となくわかった気がする。



 ……そう言えば、以前受付のお姉さんが言っていたな。


 こいつら、普段の素行がウ○コだって。



「そういえばよォ、俺らァまだアンちゃんからこの前の『お礼』を受け取ってなかったのを思い出してなァ」


「はあ」


「懐、潤ってんだろ? そろそろ『案内料』を払ってもらってもいいと思ってな。でもまあ、初回・・ってことで安くしとくぜ……銀貨25枚だ」



 言って、小男が『ほれ』と手を出してきた。


 オイオイオイオイ……今回の報酬全額じゃねーか。


 さすがにがめついんじゃないかそれは。


 しかも『初回』?


 それの意味するところが分からないほど、俺はアホじゃない。


 こういう言い方はカッコつけているみたいで好きじゃないが、あえて言おう。


 ……やれやれ、だぜ。



『…………』



 と、ここで足元に寝そべっていたクロがスッと立ち上がった。


 一見静かなたたずまいだが、かなりイラついているらしく背中の毛がちょっと逆立っている。


 『この下郎が……』みたいな感じだ。



「クロ、ステイ」



 もっとも、俺自身はそれほど脅威を感じていなかった。


 3人が、先日俺とアンリ様を襲撃してきた男よりも強いとは思えなかったからだ。


 よしんば強かったとしても、『女神像』や『大ムカデ』と比較すれば赤子も同然だろう。


 まさか、クロの力を借りるまでもない。



「オイ、新入り! てめェ自分の状況が分かってんのかァ? とっとと金出せや!」



 俺が特に反応しないことにいら立ったのか、小男がキレ気味に怒鳴りつけてきた。


 やはり怖さの欠片も感じない。


 ゆえに、俺の口から出たセリフはこうだった。



「え、イヤです」


「そうそう良い子だ……んだとゴラァ!!」



 一瞬、俺が『ハイ』と言ったと勘違いしたのか、小男が満足げに頷きかけて……一気に鬼のような形相になった。



「オイ舐めてんじゃねえぞ!」



 さらに、怒号を挙げながら俺の襟首をつかもうと襲いかかってくる。


 ……が、遅い。


 まるでスローモーションを見ているかのようだった。


 しっかりと、伸びてくる手を視界に収めながら半歩ほど身体をずらす。


 小男の手が空を掴んだ。



「なにっ!?」



 驚愕の表情を見せる小男。


 コイツは何をびっくりしているんだ?



 ……この街の冒険者って、こんなにノロマなのか?



 こっちの方がびっくりだよ。


 まるで相手にならんぞ……


 というかこれでは、例の襲撃者どころか、鈍重なオーク兵にすら苦戦しそうだぞ……



 とはいえ、ここで連中にハッキリ俺の強さを見せつけなければならないとは思った。


 お茶を濁すようなあしらい方をして、恨みを買って粘着されるのは面倒だった。


 俺は過去に学ぶ男なのである。


 流石に相手を死なせるわけにはいかないが……


 となれば……そうだな、こうしよう。



「せいっ」



 俺は小男に軽く接近すると、少々強めの力で足を蹴り出し、彼の『軸足』を刈った。


 当然、その意図は『相手を転ばせる』ことで、その後の追撃を想定していたのだが――



「はおおおおォォォッッ!?!?」



 足を刈られた小男の身体がまるで新体操の選手よろしく空中でギャルルッ! と三回転半ほどしたあと、『べふっ』という妙な声とともに勢いよく床に叩きつけられたのだ。


 それっきり、小男が起き上がってくる様子はない。



「「――――――」」



 シン、とギルド内が静まり返る。


 俺のことを、何か化け物でも見たかのように目を剥いている『竜の顎』の残り二人。



「……えっ」



 ギルドに満ちた静寂の中。


 驚愕の声は、俺の口から漏れたのだった。



 やべぇ……


 連中を分からせるつもりだったけど、やり過ぎたかも……

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