第158話 社畜、決断をする
「本当に……もう……! 一応、私は聖職者の端くれではあるのですよ!?」
「本当に申し訳ない」
社畜仕込みのスライディング土下座でアンリ様のご機嫌をうかがうが、彼女は祭壇の裏に座り込んだまま、顔を真っ赤にしたままツンとそっぽを向いている。
とはいえ、これでもまだ機嫌を直してくれた方なのだ。
スキルを掛けたあとしばらくは口もきいてくれなかったからな。
ちなみにクロは空気を読んだのか読んでいないのか、仔狼の姿に戻りツンとすまし顔をしつつもアンリ様のお膝にすっぽりと収まっている。
彼女の機嫌が多少なりとも良くなったのは、クロの毛を撫でくり回しているからというのもあるだろう。
クロの毛並みの癒し効果は最強だからな。
しかしなんなんだこの『鑑定』とかいうスキルは。
セクハラ専用か?
いやまあ、人間以外に対しては極めて有用なスキルであることは間違いないのだが……
ちなみに掛けられた本人がどういう感覚になるのかは聞いていない。聞く気もない。
とにかく、何度でも声を大にして言うが不可抗力である。
不可抗力なのである。
だいたい、一体全体どうやれば全く反応しないうえに触れることすらできない彼女を気づかせることができるというのか。
無理だろ。
ちなみに『鑑定』によれば、彼女は案の定、隠密魔法が発動したような状態になっていた。
厳密には、『神隠し』という状態異常だったようだ。
正規の解除方法は、今なら『積み上げられた神像を特定の手順で崩したうえ一番奥の核となる神像を破壊する』というパズルじみた方法だったと分かるが……それもアンリ様に『鑑定』を行わなければ得られなかった情報だ。
そしてもちろんだが、先に神像に『鑑定』を掛けたことだけは強調しておきたい。
まあ、この神像たちの名前とそこそこ凄惨な歴史(被差別階級の子供たちを生贄にしたとか、そういう類だ)だけしか分からなかったが。
「はぁ……仕方ありませんね。私をあの状態から引き戻すのに、そうするしかなかったのでしょう」
俺がしばらく土下座をしたままでいると、ようやくアンリ様がこちらを向いた。
まだ視線は合わせてくれないが、それでも幾分か態度は軟化したように見える。
「それは、まあ」
「ならば、方法の是非はさておいても助けてもらったというのに怒るのは筋違いというものです。それが分からないほど、私も子供ではありません」
彼女は膝の上のクロをぐしぐし撫でながら、自分に言い聞かせるようにそう呟いている。
毛並みを逆なでされたせいか、ちょっとクロの鼻に皺が寄った。
やっぱまだちょっと怒ってる気がする……
◇
『鑑定』で判明した事実はアンリ様の状態異常の他に、もう一つある。
それは、この場所でボスの巨大ムカデに食い散らかされた襲撃者から得た情報だ。
幸か不幸か、連中は死体という手がかりを遺していった。
あまりやりたくはなかったが……やらざるを得なかった。
機嫌を直した(たぶん)アンリ様が供養のため襲撃者たちに祈りを捧げたあと。
俺は奴らに『鑑定』を掛けた。
そして神殿の天井を仰いだ。
「……面倒なことになったな」
限りなく最悪に近い気分だった。
彼らの残骸から、名前とともに彼らの所属が判明した。
一人目はアール。
もう一人はグレイ。
姓はない。
所属については、二人とも
まず一つ目。
彼らは冒険者ギルドに所属している。
もっともこっちの肩書はごく最近付いたやつだ。
登録地はノースレーン王都で、登録したのは数週間前。
問題は、もう一つの方だ。
彼らは冒険者として真面目に活動する一方で、『暗殺者ギルド』に所属していた。
――
それが彼らの所属する、二つ目の組織の名だ。
もちろん英語ではなく異世界語だが、ざっくり意訳するとそういう意味になる。
登録は冒険者ギルドよりもずっと前にしている。
つまりこっちが本職というわけだ。
というかこの世界、冒険者ギルドだけじゃなく暗殺者ギルドなんて物騒なものもあるらしい。
暗殺者ギルドがこの世界におけるまっとうなギルドとは思えないが、犯罪や汚れ仕事をメインに請け負う組織が存在するのはどこの世界でも同じということだろう。
まあ、ギルドの善悪なんぞはこの際どうでもいい。
問題は別にある。
それは『暗殺者ギルドが何人も刺客を送りこめるほどの金を出せるヤツが、かなり本気でアンリ様の命を取りにきているらしい』ということだ。
『鑑定』できなかったので推測になるが、森の祠で俺たちを襲撃した男もこの手合いだったのだろう。
「あの、何か分かりましたか?」
俺がしばらく黙っていたのが不安だったのか、アンリ様が心配そうに尋ねてきた。
「ええ。ですが、何から話したものでしょうか……」
「大丈夫です。何があっても受け止めるつもりです」
「……承知しました」
一瞬悩んだが、かいつまんで状況を説明する。
「そうですか……」
聞き終えたアンリ様が目を伏せた。
何か、すべてを悟ったような、思いつめた表情だった。
「何か、心当たりが?」
「実は……その組織名には聞き覚えがあります。彼らは、主にソラリア教の元信徒たちです」
「ソラリア教、ですか」
ノースレーン王国で主に信仰されているのは、シャロク教という宗教だ。
この宗教はいわゆる多神教で、主神とされる神様はいるものの、基本的に土地神様とか精霊などを信仰するスタイルのようだ。
まあ、古代遺跡とかダンジョンが数多く眠っている国だからそういう土壌があるのだろう。
一方アンリ様の説明によれば、ソラリア教というのは近隣国で生まれた太陽神を崇める宗教だそうだ。
一般的な信徒が特別に危険ということはないが、いわゆる一神教に近い教義で排他性が強いせいか他国では信者が弾圧されたりと結構悲惨な歴史があるらしい。
そのせいで、比較的宗教に寛容なノースレーン王国に難民が押し寄せてきたこともあったとか。
で、肝心の暗殺者ギルドなのだが。
「彼らは、弾圧され王国に逃げ延びてきた信者たちの末裔なのです。今でも、わが国で庇護した貴族に恩義を忘れず彼らの手足となり暗躍していると聞きます」
ということは……
「そうなると、アンリ様を狙っているのはこの国の貴族、ということになるんですが……」
「そういうことになります」
アンリ様が頷く。
なんだか面倒なことになってきたなと思ったら、本当に面倒だった件。
「もしかして白銀の聖女様もでしょうか?」
「ミリーナ様については、分かりませんが……かつてソラリア教徒を庇護した貴族は複数おります。ミリーナ様を支援するシモン家に敵対する者かもしれません」
「なるほど」
つまりはこの一連の事件は、ノースレーン王国のお偉方の権力闘争の一環ということか?
そういう意味では力を失った今のアンリ様を狙う意味は薄い気もするが、それでも彼女は聖女だ。
力が戻ったことにして担ぎ上げ、権力闘争の材料に使うことはできるかもしれない。
だから、そんな奴が現れる前に彼女を亡き者にしてしまおうという魂胆だろうか。
しかし、そうなると……もうこの国に安全な場所はないのでは?
後ろ盾がない以上、襲撃者を防ぐ手立てはない。
かといっても、後ろ盾になりたがる奴が現れたとしても、ソイツはアンリ様を利用する者だ。
一時的な安全は保障されるかもしれないが、いつ状況が変わるか分からない。
そのことは、彼女も薄々勘づいているらしかった。
「申し訳ありません。私なんかに関わったばかりに、大変なことに巻き込んでしまいました」
「…………」
正直、かける言葉が見つからない。
「……他国に亡命するとかはいかがでしょうか?」
「難しいでしょう。他国へ出るためには、両国から出国と入国の許可を得て国境の関門を抜ける必要があります。そこで必ず止められます。それに、亡命すれば必ず王国との交渉道具に使われます。それならまだしも、利用価値がなければ庇護されるどころか王国との軋轢を恐れて突き返される可能性もあるでしょう」
アンリ様も亡命することは考えていたようだ。
そのうえで、無理だと判断した。
だとすれば密入国する、とかになるが……日本じゃあるまいし、そんなことをしたらそれこそ命の危機に晒される可能性が高い。
………………。
………………………………。
悩んだ。
本当に悩んだ。
……一つだけ。
一つだけ、アンリ様が助かる方法を、俺は既に思いついていた。
この考えが、この世界の事情を何も知らない俺の自己満足で、偽善者の行いそのものだということはよく分かっている。
だが、結論は変わらなかった。
俺は自分の知っている人が、目の前でむざむざ死んでいくところを
我ながらクソみたいな理由だと思う。
「アンリ様」
「……なんでしょうか」
「一つだけ、貴方が助かる道を……俺はすでに思いついています」
「……聞かせてもらっても?」
彼女はあまり期待していないようだ。
まあ、当然だ。
アンリ様にとって、俺はちょっと魔法を使えるだけの、それなりに腕の立つだけの、一介の商人としか映っていないだろうからな。
けれども俺は、
「ここからは、他言無用でお願いします。約束できますか?」
「……はい」
彼女が小さく頷く。
俺は言った。
「アンリ様には、この世から去ってもらいます」
文字通り、彼女には
現実世界に通じる、あのダンジョンを通って。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます