第157話 社畜、無双する

 ――バスン!


 『魔眼光』の強烈な閃光が、天井にへばりついた巨大ムカデの頭を蒸発させる。


 そこを中心にして赤熱した岩盤が露出し、さらにその奥には上の階層らしき構造物が見えた。


 どうやらダンジョンの階層をぶち抜いてしまったらしい。


 ちょっとやり過ぎたかもしれない……


 もっとも、心配をしている暇はない。


 頭を吹き飛ばされた巨大ムカデの胴体部分が天井から剥がれ降ってきたからだ。


 ズズン、と地面が揺れる。


 ムカデの魔物らしく強靭な生命力を蓄えた長い胴体がグネグネと暴れ、周囲の石柱を盛大に破壊していく。


 当然、神殿にいる俺たちの方にも暴れまわる胴体が迫ってきていた。



「クソ、面倒な魔物だな!」



 すでにこちらを襲う意思は存在しないはずだが、巨木の丸太と同質量の物体の下敷きになるのはゴメンだ。



「よっと」



 横に飛びのいて回避したあと、振り返りざまに『魔眼光』を放つ。


 今度は胴体のど真ん中に命中。


 さっきのようにダンジョンに穴を空けたくなかったので威力は控えめにしたが、巨大ムカデの胴体は派手に体液をまき散らしながら真っ二つになった。


 さすがにそこまでダメージを与えると、魔物の形状を維持することはできないらしい。


 切断面から徐々に淡いマナの粒子へと変わってゆき……完全に消滅した。


 後に残るのはかつて襲撃者だったと思しきバラバラの残骸だけだ。


 おそらく胃の内容物なのだろう。



「嫌なドロップアイテムだな……」



 別にブラックジョークではない。


 巨大ムカデはある意味このダンジョンのボス的存在なわけだし、もしかしたら何かレアアイテム的なモノをドロップするかな、と思っただけだ。


 もちろん、『あれ』も貴重なドロップ品であることは間違いないが。


 死体や死体の衣服などから、相手の素性や背景を推測できるかもしれないからな。


 もっとも、今はそんなことをしている暇はなかった。


 妙に頭上からゾワゾワとした気配を感じたので上を見たら、天井に生じていた亀裂部分から巨大ムカデがどんどん湧き出していたからだ。



「勘弁してくれよ……」



 数えるのがバカらしくなるほどの大群だった。


 どうやらこのダンジョンのボスは、一体だけじゃなかったらしい。


 巨大ムカデの大群が神殿の天井を覆っていく光景は、悪夢そのものだった。



「クソ、やるっきゃないよな……!」



 とはいえ、この広間がダンジョンの終点である以上ここにアンリ様がいる可能性が高い。


 逃げるわけにはいかなかった。



「……うらっ! はっ! これでどうだ!」



 幸いなことに、『魔眼光』をそこそこの出力で喰らわせればどの個体にも致命傷を与えることができた。


 それに『バッシュ』による直接攻撃も有効だった。


 というか、大群で押し寄せてこられたら当然撃ち漏らしが発生する。


 弾幕(?)を抜けてきたヤツは、接近戦を取らざるを得ない。


 気色悪いので触りたくなかったが、強めの『バッシュ』で胴体を吹き飛ばすことができたのでどうにか戦えている。



「ガウッ……!」



 クロはクロで、神殿内を縦横無尽に駆け巡りながら強烈な咆哮攻撃で巨大ムカデの動きを止め、鋭い爪や強靭な顎で引き裂いている。


 危なげのない戦いぶりだ。


 とういうか、その壁とか天井を蹴って移動できるのめっちゃ羨ましいんだが……?


 というか、たまに空中を蹴っているよう見えるんだが!?


 何? クロってアクションゲームみたいに二段ジャンプできるの!?


 それはズルイだろ……



 よくよく観察してみると、クロは二段ジャンプをする直前に魔法かなにかで小さな足場を生成していた。


 蹴る直前に生成されるうえ、蹴った直後に消滅するから今まで気づかなかった。


 だが、今この場でしっかりと確認できたということは……



「あ、模倣できた」



 もしやと思いステータスを開くと、『足場生成(小)』というスキルが取得可能になっていた。


 おお……やった!


 これで俺も二段ジャンプが可能に……!


 取得コストは150,000マナだったが、それに見合うだけの有用性がある。


 もちろん即座に取得。



『キシャアアァァッ!!』



 と、そこに巨大ムカデが牙を広げて突っ込んできた。



「おっとぉ!?」



 とっさに上に飛びあがり、回避。


 そこでさっそく『足場生成(小)』のスキルを発動。


 空中だというのに、足元に硬く確かな感触が生まれた。


 なるほど、こういう感じか。


 そいつを思い切り蹴って、さらに斜め上に飛びあがった。


 さっきの個体が首をもたげて追撃してくるが、おかげで難なく回避成功。


 攻撃を空振った相手は突進の勢いを殺しきれず身体が伸びてしまい、完全に隙を晒してしまっている。


 つまり反撃チャンスだ。



「喰らえっ!」



 空中で巨大ムカデの頭部に視線を合わせ、『魔眼光』をぶっ放した。


 一瞬で相手の頭部が消滅。


 頭脳を失った胴体が苦痛からか激しく暴れまわり、他の個体を巻き添えにして数体同時に倒すことに成功。



「ははっ……こいつはいいや」



 アクロバティックな姿勢からでも攻撃ができるとなると、がぜん戦闘が楽しくなってきた。



「クロ、どっちが魔物を多く倒せるか競争だ!」


「ガウッ……!」



 クロも乗り気だったらしく、俺の提案に元気よく唸り声を返してくる。



「よし、それじゃ今倒したヤツからカウントを開始するぞ……スタート!」


「ガルルルッッ!!」



 合図とともに、俺たちは神殿中に蠢く巨大ムカデたちを殲滅すべく襲い掛かった。




 ◇




「はあ、はあ……ひゃく、きゅうじゅう、さん……ようやく、打ち止めか」



 神殿の中はひどい有様だった。


 魔物は死ぬとマナに還ってしまうので躯こそ見当たらないが、もう天井を支えている石柱はほとんどない。


 魔物が暴れるせいで崩壊してしまっているのだ。


 それでも天井が崩落してこないのは、ここがダンジョンだからか。


 ちなみに俺が仕留めたのは193体+数十体。


 クロの方は正確には数えていないが、ちょっと悔しそうにしているので俺の討伐数には及ばなかったようだ。


 まあ勝負といっても魔物の殲滅が目的なので、ぶっちゃけ勝ち負けはどうでもいいのだが。



「……フス!」



 その鼻息は『次は負けぬ!』だろうか。


 いいぜいいぜ! いつでも勝負を受けてやってやろうじゃないか。



 一番奥にある祭壇は無事だった。


 なぜかムカデたちは、あの祭壇には近づこうとしなかった。


 だから、綺麗なものだ。



「アンリ様、いらっしゃいますか……?」



 この神殿内に彼女がいるとすれば、あの祭壇の裏とかだと思うが……


 ここまで激しい戦闘があっても、彼女の反応はまったくなかった。


 俺の声かけに返事もない。


 やはり空振りだったのかも……と内心思いつつも祭壇に近づく。


 と、そのときだった。



「…………ん? 生命反応……アンリ様!」



 マッピングに反応があった。


 ちょうど祭壇の裏手に、誰かがいる。



 急いで駆けつけると、果たしてそこにはアンリ様がうずくまっていた。


 正確には、彼女はひざまずき、祭壇の裏に無数に積みあげられた小さな石像に祈っていた。


 おそらくスキルによる『祈り』なのだろう。


 彼女の身体は淡く光を放っている。



 そして違和感を覚えた。


 そこに彼女がいることは目視できる。


 しかし、気配だけがなかった。



「……アンリ様? 魔物は退治しました。もう大丈夫ですよ……あれっ」



 声を掛けながら彼女の肩に触れようとしたのだが……触れなかった。


 俺の手がスウと彼女の身体を通り抜けてしまったのだ。


 なんだこれ……幻影か?


 だが、マッピングには確かに生命反応がある。


 間違いなく、彼女はここにいるはずだ。


 これは彼女の隠密魔法の効果だろうか?


 いや、そんなはずはない。


 もし彼女の魔法にこんな強力な効果があるのなら、そもそも襲撃者に襲われることはなかったはずだ。


 だとすれば、この状態は祭壇か、彼女が祈る石像群による『加護』とかそういう類のものだろう。



 いずれにせよ、これでは俺の声が届いているのか分からない。


 さて、どうしたものか……と考え、すぐ思いついた。



「まずはこの状態を確認するのが先決だな」



 物事や現象には原因と理由がある。


 これを調べるための方法を、俺は持っている。


 すなわち『鑑定』だ。



「――『鑑定』」


「んふぅっ!?」



 スキルを掛けた瞬間、アンリ様の身体がビクンと震え、淡い光が消えた。


 それと同時に彼女の『気配』が生じた。


 どうやら正解を上手く引き当てたようだ。


 それはいいのだが……


 俺の方を振り返った彼女は、やっぱり涙目で真っ赤な顔をしていた。



「ヒ、ヒロイ様……」


「す、すいません……これしか方法が思いつかなかったもので……」



 いや、ホントだからね?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る