第154話 社畜、追いかける
ダンジョン『ボイラ祭祀場跡』は、ジェントの街から北に延びる街道を進んだ先にある。
依頼書に記載された地図によれば、街とダンジョンの距離は概ね二十キロメートルといったところだろうか。
休憩を挟みつつ進めば、徒歩で六、七時間程度といったところだろうか。
アンリ様は一般人よりは健脚みたいだし、もう少し早いかもしれない。
彼女がどのくらい早く出たのかは分からないが、夜が明ける前に出たのならそろそろ到着する頃合いだろうか。
道中で、昨日のように誰かに襲撃されていないといいんだが……
こればかりは無事を祈るしかない。
一方、ダンジョンまでの二十キロメートルという距離は今の俺が全力で走るかクロに乗せてもらえるならば三十分前後で到着する『近場』でもある。
まあ、クロはともかく俺はそこまで長い距離を走ったことがないので、体力が持つかどうかが分からないが……
基本的にはクロに乗せてもらって移動する感じだろうか。
ギルドで依頼を受けたあとは急いで宿屋に戻り準備を整え、城門の外までやってきた。
街道をしばらく徒歩で進み、人気がなくなったところでクロに話しかける。
「クロ、悪いが乗せてくれるか? いざという時のために体力を温存しておきたいんだ」
「…………!」
俺がそう言った瞬間。
クロが目を輝かせ、あっという間に巨狼の姿になった。
すぐに伏せの姿勢になり、準備は万端だ。
俺を乗せるのがそんなに嬉しいのだろうか?
クロはあまり言葉で自己主張しないタイプなので、その辺の機微は分からないが……ありがたいことには変わらない。
まあ、ダンジョンではたまに乗せてもらってるからな。
では、遠慮なく。
「おぉっ!?」
俺が背中に乗ると、すぐさまクロは立ち上がった。
最初は並足、すぐに駆け足。
道中でアンリ様を探さないといけないのを理解しているらしく全速力を出してはいないが、それでもぐんぐんと周囲の景色が流れていく。
おお、これは楽ちんだ。
当たり前だが俺が全力で走るよりずっと速い。
もちろん他の通行人などに目撃されるのもよろしくないので、街道を視野に収めつつも街道からは見えづらいルートを選んで進んでいく。
結果、『ボイラ祭祀場跡』 までは……なんと二十分ほどで到着してしまった。
街道そのものを通らず、場所によってはゴツゴツした岩などが転がる平原を駆け抜けてきてこの時間である。
下手をすれば、オフロード仕様の車なんかよりよほど速いのではなかろうか。
結論、クロは凄い。
あと体力すげぇ。
途中で疲れた様子を見せたらすぐに休憩するつもりだったのだが、杞憂だったようだ。
「ありがとうクロ、助かったよ」
「…………フスッ!」
クロの背中から降り、頭を撫でてやる。
いつもより得意げな様子で鼻を鳴らしているように聞こえたのは、俺の気のせいだろうか。
まあ長距離を駆け抜けてきたから、息が荒くなっているだけかもしれない。
もっとも、途中でアンリ様を見つけることはできなかった。
無事にこの『ボイラ祭祀場跡』 まで到着できたのか、途中で誰かに襲撃されてしまったのか。
後者でないことを祈りつつ、俺はダンジョンの領域へと足を踏み入れた。
◇
『ボイラ祭祀場跡』は、地上部にストーンヘンジのような円形に並べられた巨石群があり、その地下にいわゆる『ダンジョン』が存在する。
冒険者ギルドの説明によると、この手の――『地上部に遺跡、地下にダンジョン』という構造は、多くのダンジョンに見られるそうだ。
たしかに、いつも使うメディ寺院遺跡はこのタイプだな。
女神像のダンジョンの方は……周辺の森に遺跡が点在しているので、まあ共通点がある。
塔のダンジョンは……ちょっと傾向が違う気がするが、まあ別の類型なのだろう。
で、いわゆるダンジョン部分――地下へと続く道は、巨石群の中央にあった。
そこには祭壇のように見える巨石が鎮座しており、足元の地面が崩壊してぽっかりと黒い穴が開いている。
中を覗いてみると、数メートル下に同じような石畳の床が見えた。
地下へと続く木製の
地上部を振り返ってみれば、側には打ち捨てられた古びた板が見えた。
あれは、入り口の蓋……だろうか?
ともあれ周囲にアンリ様の姿はない。
「アンリ様、いらっしゃいますかー?」
大声で呼びかけてみたが、返ってきたのは風でそよぐ下草のサワサワという静かな音だけだ。
もしかしたら、巨石の陰で休憩でもしているのだろうか。
長旅で疲れて寝ているのかもしれない。
ひとまず周囲を捜索することにした。
――冒険者ギルドの説明によれば、この『ボイラ祭祀場跡』は高難度ダンジョンに分類されるらしい。
難易度は、『
冒険者ギルドによるダンジョン難度の基準は、★から★★までが一般的な難度、★★★以上が高難度となっている。
余談だが最高難度とされる
まあそっちは今後行くことはないだろう。多分。
で、この『ボイラ祭祀場跡』だが……他のダンジョンにはない特色として、入り口付近は比較的弱い魔物が生息しているが少し奥に行くと急激に魔物が強くなるうえ凶悪な罠が張り巡らされるようになるので、油断すると熟練の冒険者でもかなり危険らしい。
その辺りが普通のダンジョンより危険だと評価されているとのことだった。
まあ、祭壇も地上部にあるのにアンリ様がダンジョンの奥に入ることはないだろうから、どうでもいい情報だが。
「………いないな」
そんなことを考えているうちに、アンリ様の捜索は終わってしまった。
なんといっても、地上のダンジョンとされる範囲はせいぜい直径百メートル程度である。
探すといっても周囲に転がる巨石の陰を見て回るくらいしかやることはない。
捜索に要した時間は十数分程度だ。
結局、地上にはアンリ様の残した痕跡は何もなかった。
もちろん目視だけでなく『鑑定』なども駆使して巨石や、地面の石畳に何かヒントが転がっていないかと試したのだが……
分かったのは、この祭祀場がロイク・ソプ魔導王朝期よりも前の古代文明によって建造されたことと、今では邪神とされる神様だか精霊だかが祀られていたことだけだった。
この世界の考古学的に貴重な遺跡である可能性はあったが、今は気にしている余裕はない。
クロも俺と一緒に付いて回り地面や巨石の匂いを嗅いだりしていたが、特に反応はない。
もしかしたら、変装魔法や隠密魔法のレベルが上がったことにより匂いなどの痕跡も隠蔽してしまったのだろうか?
それは正直あり得る。
それとも、そもそもここに来ていなかったのだろうか……?
あるいは……
……などと不安になってきた、その時だった。
「……ん?」
もう一度地上部を見てまわろうとしたところでふと気づく。
……そういえば。
ダンジョンへの入口は、
「もしかして……!」
急いで中央部に戻ると、地下へと通じる穴を覗き込んだ。
なぜか、梯子が気になって視線が行った。
そこで気づいた。
「泥が付いている……!」
アンリ様のものではない。
大きさからして、男のものだ。
梯子の一段目を指で触れてみる。
まだ完全に乾ききっていない。
よくよく見れば、下の床にもわずかにだが泥らしき汚れがこびりついている。
俺たちが到着する少し前に、ここから数名の男たちがダンジョンへと降りていったのは間違いなかった。
「……クロ、下に降りるぞ」
「…………!」
仔狼に戻ったクロと一緒にダンジョンへと降り立つ。
内部は通路になっていた。
高さは2メートル程度、横幅は1.5メートル程度。
かなり狭い。
通路は十メートルほど進むと直角に左に折れているようだ。
ひとまずそこまで進んでみる。
そこで見つけた。
「これは……!」
角を曲がった先すぐのところに、金色の髪がひと房、落ちていた。
鑑定するまでもない。
髪留めの紐でくくってあるそれは……アンリ様の
俺の推測は正しかった。
間違いなく、彼女はこのダンジョンにやってきていたのだ。
そして何者かに襲われ、ここに逃げ込んだ。
幸いなことに、周囲に血痕などは見当たらなかった。
その事実に少しだけ安堵する。
だが、あまり余裕はない。
「……急ごう」
俺はクロと一緒に、ダンジョンの奥へと駆けだした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます