社畜おっさん(35)だけど、『魔眼』が覚醒してしまった件~俺だけ視える扉の先にあるダンジョンでレベルを上げまくったら、異世界でも現実世界でも最強になりました~
第153話 社畜、高難度ダンジョンへ向かう
第153話 社畜、高難度ダンジョンへ向かう
「なんだお前は!」
「この修道院の
「この建物は領主様の命により封鎖されている。誰であろうと通すわけにはいかん」
「何が起きたのか説明してください! アンリ様は……アンリ様はご無事なのですか!?」
「我々が知るわけがないだろう! 離れろ!」
シスターさんは衛兵さんたちに食って掛かっているが、彼らは頑として彼女を修道院に入れるつもりはないようだ。
彼らの任務はおそらく証拠保全だ。
周囲を立ち入り禁止にするのはやむを得ないのだが……家の主がやってきても入れないのは酷い話ではある。
こっちの世界の庶民がどの程度の扱いなのかが分からないが、あまり良いものではなさそうだ。
その後もしばらくシスターさんと衛兵さんたちは押し問答を繰り広げていたが、衛兵さんの一人が痺れを切らしたように大声を上げた。
「ともかく! お前がここの主というのなら、詰め所で事情を説明するがいい! さあ、行った行った!」
「そんな!」
「立ち去らねば、実力を行使せざるを得んぞ? 修道女を斬るなんて真似は、俺だってしたくない。さっさと行け!」
「…………わかりました」
腰に帯びた剣に手をかけながら、衛兵さんが凄む。
さすがのシスターさんも、ここでさらに食い下がるつもりはなかったようだ。
悲しそうな顔で踵を返し、とぼとぼとこちらへ歩いてきた。
「あの、少しよろしいでしょうか……?」
彼女が衛兵さんたちから見えない位置までやってきたところで声をかけた。
「はい、なんでしょうか…………貴方は!?」
彼女は俺の顔を見るなり、顔色が変わる。
今度はこっちに食ってかかってきた。
「貴方は昨日の……ヒロイ様ですね!? ……もしアンリ様の居場所を知っていたら教えてくれませんか!」
「うわっ!?」
あまりの勢いに一瞬たじろいでしまうが、すぐに気持を落ち着ける。
こっちまで慌ててしまうと、彼女はパニックを起こしてしまいそうだったからな。
「落ち着いてください! 実は私も彼女を探しておりまして……」
「そ、そうだったの……取り乱してしまい、ごめんなさい」
ひとまず彼女の肩を掴んで、少し強く揺すると、彼女は我に返ったようだ。
気まずそうな表情になり、俺から手を離した。
「ここで立ち話もなんですし、とりあえずどこか落ち着ける場所に行きませんか?」
「……分かりました」
とはいえまだ朝早い時間だからか、喫茶店などは開いていない。
ひとまず近くの広場にあったベンチに腰掛けることにした。
「……昨夜は、たまたま宿直の日だったんです」
暗い顔で、シスターさん――ターシャさんが話し出す。
曰く、彼女やアンリ様が信仰するシャロク教では、身寄りのない人たちや路頭に迷った人たちのために街の寺院の礼拝堂や仮眠室を開放しているそうだ。
昨晩は、彼女がその寺院の宿直だったらしい。
で、お勤めを終えて帰ってきてみれば、自分の修道院の扉が破壊されており、衛兵さんたちに封鎖されていた……ということらしい。
ちなみに彼女はミリーナ様襲撃事件も、アンリ様がその容疑者の一人となっていることも知らなかったようだ。
俺があらためて状況を説明してやると、彼女は「なんてこと……」と絶句してしまった。
もちろん濡れ衣だろう、と説明したが。
……で、ターシャさんの話と宿の商人の話を総合すると、ミリーナ様の襲撃事件はまだ街の人たち全員に共有されている情報というわけではないようだ。
まあこの世界にはテレビもインターネットも新聞もないだろうから、昨日の昼すぎに起きた出来事を普通の人が知るのは、本日仕事場などに出て他人から噂話のような形で知ることになるという具合だろうか。
商人の話も、知り合いに衛兵隊の隊長さんがいるから知り得たっぽいしな。
まあ、衛兵隊の情報管理どうなってんだ……と思わなくはないが、それはさておき。
捜査の一環で意図的に流した情報かもしれないし、そこを考えてもあまり意味はない気がする。
とにかく、今はアンリ様の安否だ。
「それでは、ターシャさんもアンリ様の居場所をご存知ないんですね」
「いえ、それについては分かっております。おそらく、ですが」
「……それはどこですか?」
「アンリ様は、本日はボイラ祭祀場跡へ巡礼に行くと話されていました。あそこまでは徒歩で半日近くかかりますから、おそらく日が昇る前には出かけられたはずです。もちろん、その前に衛兵たちに捕らえられていなければ……ですが」
「なるほど」
だんだん時系列が分かってきた。
修道院の惨状が、衛兵さんが突入したせいなのはほぼ間違いなさそうだ。
だが、アンリ様はいなかった。
指名手配をしているのがその裏付けだ。
だとすれば、アンリ様はすでに目的地へ向かっている最中なのだろう。
正直、何も昨日の今日で巡礼に出かけなくても……と思ったが、変装魔法や隠密魔法が使えるうえに信仰心も強いとなれば、もはや俺の常識ではアンリ様の行動原理を推し量ることはできない。
いずれにせよ、衛兵隊に捕縛されなかったこと自体は僥倖と言っていいだろう。
もちろん道中で襲撃者側に襲われる危険性があるので、なるべく急がなくてはならないが……
そういう意味では、やはりターシャさんに声をかけてよかった。
しかし……
「ボイラ祭祀場跡、ですか」
名前自体は聞き覚えがある。
冒険者ギルドの依頼掲示板でチラッと見かけたダンジョンの名前だ。
ただし、中央より左側……難度高めの依頼だった気がする。
まあ、さすがにダンジョン内部に潜ることはないと思うが……万が一のことを考え依頼を受けておいた方がいいかもしれない。
ダンジョンに勝手に入ったことで、あとで冒険者ギルドから何か言われるのは嫌だからな。
「ターシャさん、いろいろ教えて頂きありがとうございます。私もアンリ様を探しておりますので、まずはその祭祀場へ向かってみることにします」
「申し訳ありませんが、私の足ではとても……ヒロイ様にお任せしてよろしいでしょうか」
「もちろんです」
ということで、念のためターシャさんに祭祀場の位置だけを聞いたあと、まずは情報を集めに冒険者ギルドへ向かうことにした。
◇
「お、あったあった」
冒険者ギルドはすでに開いていた。
内部には数組の冒険者がたちがたむろしていたが、出発前のミーティングなのか会話に夢中で俺を気にする様子はない。
だから、ゆっくりと依頼掲示板を見て回ることができた。
その依頼は、真ん中よりすこし左側に張り付けられていた。
内容は、ダンジョンの浅い階層に出現する魔物『大岩ガザミ』の蟹卵の採取。
どうやら貴族の食卓に供される超高級食材らしい。
ガザミってことは蟹の魔物か。普通に美味しそう。
注意書きには、雌は産卵期になると気性が荒くなり人でも魔物でもなんでも捕食するため注意されたし、とか書いてある。
一応、依頼を受けるのなら狩る必要があるが……まあ、遠くから狙撃すれば問題ないだろう。
「ええと……」
目的地までは、ジェントの街から北に延びる街道で徒歩半日弱。
ターシャさんの言っていた通りだ。
裏取りというと彼女に失礼ではあるが、伝聞だと正確な経路が分からないからな。
今回は道に迷っている暇はないから仕方ない。
もっとも距離自体はさほど問題にはならない。
クロに乗せてもらうか全速力で走れば、徒歩で半日の道程ならおそらく一時間弱で到着できるはずだ。
……よし、そうと決まれば行動だ。
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