第152話 社畜、考察する

「ちょっと、その話詳しく聞かせてもらえませんか!?」


「な、なんだアンタは!?」



 思わず朝食を放り出し、背後のテーブルの商人たちに食って掛かってしまった。


 もっとも彼らは一連のスキャンダル(?)について大いに語りたかったらしく、飛び入りの俺にもいろいろと話をしてくれた。



 ――曰く、事件が起きたのは昨日の昼過ぎごろ。


 白銀の聖女――ミリーナ様はジェントの街に到着した際の、護衛の者が入場手続きを行うそのわずかな隙を狙われたそうだ。


 襲撃したのは、武装した数人の男女。


 襲撃者たちはかなりの手練れだったそうで、これを迎え撃ったミリーナ様側の護衛に数人の死傷者が出たうえ、彼女自身も傷を負ってしまったそうだ。


 それでも生き残った護衛の人やその場にいた衛兵などの尽力によりどうにか襲撃者の撃退に成功し、最悪の事態は免れたのだが……


 当然、そんな状況では聖女様を人前に出せるわけもなく、予定されていた式典や巡礼、それに伴う大通りのパレードなどのイベントが当面の間すべてストップすることになってしまったそうだ。


 そう語る商人たちの襲撃者への怒りたるや、それはもう相当なものだった。



 ただ商人たちの話を詳しく聞いていくと、アンリ様自身は襲撃者の中におらず(当然だ)、襲撃事件に深く関与している可能性があるため捜査対象になっているとのことだった。


 現代でいえば、重要参考人とかそういう立場だろうか。



 ただ、一つだけ救いだったのは……彼らも本当に『黄金の聖女』が今回の事件を引き起こした黒幕なのかどうかを疑っていたことだ。


 彼女は力こそ失ってしまったが人々からの信頼はまだ失っていないらしい。



「あんたも式典に参加する客を当て込んで来たんだろ? お互い大変な目に遭ったなぁ」


「そうですね……一刻も早く下手人・・・が捕まって欲しいものです」



 そう締めくくって、俺は自分のテーブルへと戻った。



「…………」



 残していた朝食を口に運ぶが、先ほどまでは美味しく感じていたはずのパンが、カリカリのベーコンが……まったく味がしない。



 ……絶対におかしいだろ、さっきの話。



 襲撃事件自体は事実だとしても、その時間、アンリ様は俺と一緒にいたのは間違いない。


 様子のおかしな点はまったくなかった。


 俺も決して人を見る目がある方ではないが、これは断言できる。


 そもそも主犯格ならば、俺の『なんでも見通す魔法』の話を聞いて自ら『鑑定』を受け入れるわけがない。



 もちろん、それでも彼女が事前に襲撃を計画し、協力者に指示を出した可能性は残る。


 『鑑定』はかなり詳細な情報を与えてくれるとはいえ、相手が考えていることまでは読み取ることはできないからな。



 なので、彼女が完全にシロとは現時点では言えないのだが……そもそも、他人を使って襲撃事件を起こそうとするときに、わざわざ同じ街に滞在するだろうか?


 まるで捕まえてくれと言っているようなものだ。


 もちろんそうせざるを得ない理由があるのなら話は別だが……



 今手元にある情報で判断する限り、アンリ様はおそらく誰かにハメられた可能性が高い。


 そしてもう一つ。



 アンリ様と一緒にいた俺も、一連の事件に巻き込まれた可能性が高い、ということだ。



 昨日俺たちを襲撃した男は一人だったが……それ以外にも男の監視役がいた可能性があるし、仮に男が一人でやってきていたとしても、アンリ様の暗殺が『何かしらのトラブル』により失敗したことを、黒幕側は遅かれ早かれ知ることになるだろうからな。


 そうなれば黒幕側は当然『襲撃失敗の原因』を探るはずで、その過程で俺の存在が浮上してくる可能性は否定できない。



「これは面倒なことになったかもしれないな……」



 もちろん、本当にヤバいときには現実世界に戻ればどうにでもなるだろう。


 だが、その選択肢は極力避けたかった。


 今後、異世界に来づらくなってしまうからな。



 それに……アンリ様の身に危険が迫っているというのに、俺だけ尻尾を巻いて現実世界に逃げ帰るというのも嫌だった。


 こっちはまあ、プライドの問題だ。



 そうなれば、今後俺の取るべき選択肢は自ずと決まってくる。



 まずは街で得られる情報を取得して情報を整理する。


 次にアンリ様の居場所を突き止め、場合によっては敵から助け出し、状況を聞き出す。


 その後は彼女を保護したり、安全に匿ってもらえる人物のところへ送り届ける必要が出てくるかもしれないが……これはまあ、そのときに考えよう。



 そうなると、やはり昨日の襲撃者から手がかりを得られなかったのが悔やまれる。


 まあ、今さら言っても仕方ないが。



「…………クロ、しばらく忙しくなるかもな」


「…………」



 テーブルの下で、クロは俺をじっと見上げるだけだったが……「好きにしろ」と言っているように思えた。




 ◇




 やることが決まれば、行動は早ければ早いほどいい。


 朝食を終えた後、俺はひとまずアンリ様の滞在していた修道院へと向かった。


 大通りを抜け、閑静な住宅街を通り、入り組んだ細い路地を抜け、城壁の近くにある目的地付近までやってきて……路地から出ようとしたところで、俺は足を止めた。


 近くの建物に隠れつつ、少し先に見える修道院の様子を窺う。



「やべ……めっちゃ囲まれてるじゃん……」



 すでに建物は五、六人ほどの衛兵によって封鎖されていた。


 正面の扉が半壊しているのは、衛兵が突入したせいだろうか?


 襲撃者が正々堂々玄関から押し入ってくるとは思えないので、おそらく衛兵の仕業だ。



 それより問題は、アンリ様の行方だ。


 今朝の段階で指名手配を掛かったままということは、まだ衛兵に捕まっていないということでもある。



 となれば、彼女は今どこに?


 自分から逃げたのか、襲撃者に連れ去られたのか。



 状況から察するに、前者だろう。


 昨日の襲撃者は、間違いなくアンリ様を殺しに来ていたからことから、仮に別の襲撃者が修道院に押し入ったのなら、ろくな戦闘力を持たない彼女はその場であっけなく殺されていただろう。


 だが現状、彼女は『行方不明』ということになっている。


 白銀の聖女様も誘拐ではなくその場で暗殺されかかったそうなので、アンリ様もまだ生きている可能性が高い。



 もちろん、これらは俺の推測にすぎない。


 実際に彼女の顔を見るまでは安心できない。



「とりあえず、あの中に入れれば何か分かるかも知れないんだけどなぁ……」



 もしかしたら、アンリ様が残した手がかりなどが見つかるかもしれないし。


 ちなみに俺のスキル『マッピング』で、修道院の間取りはある程度把握できている。


 建物は二階建てで、一階が礼拝堂や談話室らしき空間、それにトイレや物置と思しき小部屋が少々。


 二階が居住スペースだ。


 ジェントの街はそれほど広くはないので、もともとあった民家を修道院に改装したのだろう。


 ……よし。


 ここは『隠密』を使って忍び込む事にするか……と思った、そのときだった。



「ちょっと、いったい何が……!? 衛兵さん! そこを通してくださいませんか!」



 俺の居た路地とは別の道から女の人が現れると、大声をあげ衛兵に食って掛かった。


 あれは……見覚えがある。


 昨日アンリさんを送り届けたときに出迎えてくれたシスターさんだ。

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