第151話 社畜、聞き耳を立てる

「ヒロイ様、お怪我はありませんか!?」


「…………フスッ」



 その場で座り込んでいると、アンリ様がしゃがみこみ心配そうに俺の顔を覗き込んできた。


 ついでに巨狼化したままのクロも一緒に覗き込んでいるせいで、視界の大半がアンリ様とクロにジャックされている状態だ。


 おかげでこれ以上、男が爆散したあとのクレーターを見ずに済んだ。



「……私は大丈夫です。それよりもアンリ様、さっきの男に心当たりは?」


「申し訳ありません……おそらく巡礼者の方だということしか……」



 アンリ様が困惑したように首を振る。


 どうやら彼女は、襲撃者に心当たりはないようだ。


 とはいえ、ヤツの狙いは明確に彼女だった。


 変装魔法も解いていたタイミングだったから、人違いということもないだろう。



 それにしても……アイツ、自分の敗北を悟った瞬間迷いなく自害しやがった。


 もしかしたら、口を割らされることを恐れたのかもしれない。


 だとすると、あの男はプロの暗殺者とかそういう類なのだろうか。


 たしかに戦闘力だけ見れば凄腕の部類だったように思えるが……素性が気になる。



 魔王軍の関係者だろうか?


 ありえそう。


 それとも、まさかの他の聖女様からの刺客?


 こっちもありえそう。



 いや……そうは言っても今のアンリ様には『封魔の結界』がないことは対外的にも知られているっぽいし、そもそも後ろ盾になっていた人たちにも見放されているような状況で、彼女を害する意味はなさそうに思える。


 まさか、ただの盗賊とか変質者だったという可能性は?


 いや、それはもっとないか。


 うーむ……

 


 いや、いくら考えても今すぐ答えが出るわけないか。


 俺はこの世界の事情をほとんど何も知らないわけだからな。


 俺が分かるのは、男の襲撃時の口ぶりからも個人的な恨みによるものではなさそうだ……くらいだ。



 クソ、多少無理をしてでも『鑑定』で相手の素性を探っておくべきだった。


 まあ、今さら言っても後の祭りだが。



「とにかく、ここを離れましょう。アンリ様はどちらに滞在しておられますか?」


「ええと……ジェントの街です」



 よかった、彼女もあの街に滞在しているようだ。


 他の聖女様より一足先に現地入りした、ということだろうか?


 まあ、全然別行動の可能性もあるが。



「では、街まで私がお送りしましょう」


「しかし……また、先ほどのようにご迷惑をおかけしてしまっては……」



 アンリ様が心配そうな顔でそう言ってくる。


 一応彼女も、自分が狙われていたことは理解してるようだ。


 とはいえ俺も、さっきみたいなことがあった後で「じゃあここで」とはとても言えない。


 言うつもりもない。



「私もジェントに滞在しておりますので、どのみち帰る場所は同じです。それに……もしさっきの男の仲間がいて、こちらの隙を窺っているのなら……別行動する意味はなくなってしまいます」


「ですが……」



 アンリ様は一瞬考え込むように俯いたが、すぐに俺の目を見た。



「いえ、分かりました。……それではお言葉に甘えて、街までよろしくお願いいたします」




 ◇




「アンリ様、準備ができました……アンリ様?」



 ダンジョンへの通路に蓋をしてから戻ってきたら、アンリ様が道端にひざまずき、何かに祈りを捧げていた。


 小さなクレーターの縁……襲撃者が自害した場所だ。



「――貴方の魂に安らぎがあらんことを」



 アンリ様がなにやら祈りの言葉を小さく呟き、そう締めくくった。


 魔導言語ではなくこの世界の言葉だったので、おそらく一般的な死者を弔う文言なのだろう。


 確かに死んでしまえば敵も味方もない、というのは頭では理解できるが……それでも自分を殺そうとした者へ祈るのは、なかなかできることではないと思う。


 彼女は『封魔の力』の有無など関係なしに、聖女なのだ。



「…………」



 俺も彼女の側に立ち……こっちのしきたりは分からなかったので、襲撃者へ数秒の黙祷を捧げることにした。


 そうする必要があると思った。



 その後、ジェントまでの道中では特に襲撃に遭うことなどもなく、無事に街に到着することができた。


 街に入ってからはアンリ様が滞在する小さな修道院まで送ってゆき、それで終わったと思ったのだが……




 翌日、宿の一階で朝食を摂ろうとしたら、何やら周囲のお客が騒がしかった。



「おいマジかよ、楽しみにしてたのに……」


「昨日の昼のことらしい。護衛の奴らは何をやってんだ!」


「おいおい、シャレにならんぞ。ウチはパレードの客を当て込んで食材を仕入れてたんだぞ……」



 早朝のレストランに響くのは、誰かへの文句とか愚痴だ。


 この宿は商人が多く滞在しているので、さもありなんと特段気に留めず、クロと一緒に黙々と朝食を口に運んでいたのだが……


 後ろのテーブルの商人たちの会話を聞いて、俺は食事の手を止めざるを得なかった。



「犯人は捕まったのか? ミリーナ様の怪我は大したことないと聞いたが……」


「いや、まだ逃亡中らしい。捕まらなければ、明日の式典は中止にだろ? 勘弁してくれよ」


「ウチの店、お客の整理係に冒険者を何人も雇ってんだぞ……」


「はあ……いくら冷遇されているからって、なんでこんなことするかねぇ」


「知り合いが衛兵隊長やってるんだが、すでに指名手配を掛けてるらしいぞ。女の足だ、街から逃げていてもすぐ捕まるだろ」


「まさか『黄金の聖女』様の仕業とはな」


「まあ、あのお方にはいまだに狂信的な隠れ信者がいるらしいからな……すでに連中がかくまってるかもしれんな」



 カラン、とフォークを取り落とした。



 おいおい。


 おいおいおいおい……!



 アンリ様が、白銀の聖女様を、襲撃……した??



 ……んなアホな!




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 それでは引き続きよろしくお願いします!

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