社畜おっさん(35)だけど、『魔眼』が覚醒してしまった件~俺だけ視える扉の先にあるダンジョンでレベルを上げまくったら、異世界でも現実世界でも最強になりました~
第150話 社畜と聖女、変質者(?)に襲われる
第150話 社畜と聖女、変質者(?)に襲われる
「お待ちください、アンリ様」
祠の森を出ようとしたところで俺は足を止め、アンリ様を右手で制した。
少し先の道の真ん中に、誰かが立っている。
中肉中背で少し猫背。
フードのようなものを被っているせいで表情は分からないが……顎の輪郭で痩せた男であることは分かった。
両手はコートらしき衣服のポケットに突っ込んでいて見えない。
背筋がチリチリする。
嫌な感じだ。
「あの方……同じ巡礼者でしょうか? 胸のワッペンはシャロク教のお祭りでよく見かけるものです」
「とにかく、下がって」
この国や宗教にゆかりの無い俺には、目の前の人物の特徴がどうなんて分からない。
分かるのは、アイツが禍々しい殺気を放っていることだけだ。
一瞬、男がアンリ様の護衛か何かで、俺を敵か何かと勘違いいているのかと思ったが……
殺気の矛先は、明らかにアンリ様に向けられていた。
「初めまして、黄金の聖女様。やっぱり護衛を雇ったんですかね? 面倒だなぁ。
そいつの口元が歪む。
飄々とした口調。
声色から、たぶん三十代か四十代。
こっちの人たちをたくさん見てきたわけじゃないが、目の前の男はどうみても
なんというか……とても感覚的な言い回しだが、『血臭がする』のだ。
それも、鼻が曲がりそうなほど、強烈な。
それでも俺の心は不思議と平静だった。
「失礼ですが、どなた様ですか? アンリ様のお迎えには見えませんが」
「お迎えにゃ違いねぇぜ?」
男が言い放つと同時に、すばやく両手をポケットから抜き放った。
「冥府からのだけど、なッ!」
――俺の強化された動体視力は見逃さない。
すでに小さなナイフのようなものが投げ放たれていたことを。
「くそっ!」
「ひゃんっ!?」
咄嗟に、俺はアンリ様に覆いかぶさるように押し倒す。
少々乱暴だったせいか彼女が目を白黒させているが、フォローしている暇はない。
もっとも行動が早かったおかげで二本のナイフは俺たちの上を通り過ぎ、カカッ! と背後の木々に突き刺さった。
危ねぇ……! が、セーフッ!
「チッ。……さすがに舐めすぎだったか」
男が舌打ちをしながら一気に距離を取った。
畳みかけてくるかと思ったが、存外に慎重な性格らしい。
もっとも、俺たちを見逃すつもりも、向こうが逃走するつもりもないようだ。
十分な間合いを取ったうえで、こちらの動向を窺っている。
クロに乗って逃げるのは……ちょっとリスクがあるな。
さっきのナイフ、かなり素早かった。
毒などが塗られていた場合、俺やクロはともかくアンリ様が危険だ。
……やはり、やるしかないか。
「クロ、アンリ様を頼む」
「ガウッ!!」
「きゃっ!?」
俺の意図を瞬時に察したのか、クロが瞬時に巨狼と化した。
風のように俊敏な動きで俺の下にいたアンリ様の襟首を咥えると、素早く森の奥へと連れて行く。
「チッ……犬を連れてると思ったら使い魔かよ。まあいい。魔物使いは主を始末すりゃ終わりだ」
男は一瞬舌打ちしたが、すぐに口元を歪ませる。
同時に、手元が残像のようにユラリと蠢いた。
「……っ!?」
嫌な気配を感じ、とっさに身をよじる。
直後、俺のすぐ横を五、六本のナイフが通り過ぎた。
なんだあれ!?
いきなりアイツの周囲にナイフが出現したぞチートかよ!?
「……面白い技を使いますね」
「面白くねぇよ。……どうやらまぐれじゃなさそうだな」
男は忌々しそうに言いながら、今度は片手を横に薙ぎ払った。
今度は扇状に、十本近いナイフの群れが飛来する。
とはいえ、その軌道は直線的だ。
今の身体能力と反射神経なら、見てからでも回避は難しくなかった。
「おいおい、なんだその反応速度は。お前サルか何かなのか?」
「失礼な、これでも人間ですよ」
「だったらさっさと死んで人間であることを証明しろや!」
男が苛ついた声で、さらに手を振る。
今度は両手だ。
都合二十本のナイフが、タイミングもバラバラに殺到する。
大丈夫、見えている。
「おいおい、これも躱すのかよ。やっぱサルの使い魔だろお前」
「だから人間ですって!」
とはいえ、状況はそれほどよろしくはない。
男の攻撃はどんどん精度を高めてきている。
それに、攻撃のタイミングも変則的で読みにくくなっている。
舐めプされている……というわけではないだろうが、まだ本気の攻撃とは思えなかった。
つーか、どうなってんだ。
男のナイフ投擲、タイミングこそどうにか掴めているが全く手元が見えないんだが?
速すぎて、とかそういう次元じゃない。
どう見ても、いきなりヤツの周囲にナイフが出現して、それが自動的に射出されているように見えるのだ。
いまではタイミングもバラバラで絶え間なくナイフが飛来するおかげで、男を攻撃しようにもうかつに近づけない。
こっちの手持ちで遠距離攻撃が可能なのは、『魔眼光』と『奈落』の二つ。
どちらも集中力が要求される攻撃だ。
ナイフの弾幕をかいくぐりつつ繰り出す余裕はない。
……クソ。
コイツ、現実世界の魔法少女なんかより数段上の相手だ。
もしかしなくても、フィーダさんやロルナさんより強いだろ……!
「なかなか粘るじゃねぇか! だが、いつまで保つかな?」
ナイフの数はなおも増え続けている。
今の攻撃では、同時に四十本ものナイフが飛んできた。
ここまで来ると、弾幕どころか『壁』が迫ってくるように感じる。
タイミングも、こちらの動きに慣れてきたのかさらに正確さが増してきている気がする。
今はまだ負傷せずに躱せているが、それも時間の問題だろう。
毒などが塗られていると面倒だ。
「オラ! オラ! 逃げろ逃げろ! ナイフの数はまだまだ増えるぞ~!? 今度は五十本だ!」
……ただ、ナイフの投擲速度じたいは俺の反応速度を超えるほどではない。
それに数が増えても、複数方向から飛来するわけでもない。
あくまで起点は男の周囲だ。
それに、男は俺にナイフが当たらないせいか少し焦れてきているように思える。
アンリ様を連れて逃げたクロのことを、時間が経てば経つほど追跡が難しくなると考えているだろう。
相手はどうにか状況を打開したいはずだった。
……となれば、男の出方もある程度読めてくるわけで。
男は徐々にだが、投射するナイフに緩急や角度を付けて、俺の死角を窺っているようなそぶりを見せている。
もちろん俺も、死角からナイフを投げられると避けようがない。
つまり俺が男ならば……避けようがない角度やタイミングを作るために布石を打ち、確実なタイミングで実行するのではなかろうか……?
社会人ならば新人の頃に誰もが言われる、『相手の立場にたって考えろ』というヤツだ。
もちろん俺もそうしている。
すでにもう男の攻撃は十数回を超えている。
そろそろ仕掛けてくる。
そう思った直後、ヤツが動いた。
「ハハッ! どうやら集中力が切れたようだな、魔物使いッ!」
それは、俺がふと背後の森に意識を向けた瞬間だった。
男が音もなく、俺の側面に現れた。
おそらく魔法かスキルを使ったのだろう。
接近は一瞬だった。
普通ならば、俺が反応するより早く自分のナイフが先に身体に突き刺さる、そんな距離、タイミング。
それが俺の仕掛けた罠だと、男はまだ気づいていない。
――チェックメイト。
こっちの言葉でどう言うかは分からないが、多分男はその手の単語を思い浮かべたはずだ。
「――王手」
「がはっ」
ナイフは出なかった。
代わりに男の口から、苦悶と一緒に大量の血反吐が吐き出された。
男が出現したタイミングで、その胸板に全力のバッシュを叩き込んだからだ。
腹の底から湧き立つアドレナリンのせいか妙なことを口走ってしまったが、こっちも手加減なんてしている余裕はなかった。
「がぼ、べ」
身体が爆散することはなかったが、大ダメージを与えることに成功したようだ。
男は膝から崩れ落ちた。
ヤツは何かを言おうとしたようだ。
だが口の血泡がごぼごぼと音を立てただけだ。
多分、肋骨と胸骨が折れて肺に刺さっている。
致命傷だ。
とはいえ、俺はまだ人殺しになるつもりはなかった。
「勝負あり、です。抵抗しないでください」
だから俺は、鞄から薬草を取り出そうとした。
以前羊人からもらった、強力な薬草だ。
こいつを使えば、骨折程度なら一瞬で治るはずだ。
おそらく肺の損傷も。
そのあと、再びバッシュで手足を折り行動を封じるつもりだった。
我ながら酷い仕打ちだと思ったが、相手も俺たちを殺そうとしたのだ。
これくらいは大目に見てもらうしかない。
「今、治療します」
俺は急いで男に近寄り、薬草を口に押し込もうとした。
男の動きは、俺より早かった。
懐から飴のようなものを取り出したと思ったら、それを口に放り込み、噛み砕いた。
まさか回復薬を持っていたのか? まずい。
そう思った俺は、あまりに楽観主義者だった。
(じゃあ、な)
男は口の端を歪ませ、声にならない言葉でそう言った気がした。
次の瞬間。
男の身体が強く光りを放ち始めた。
ぞくり、と背筋に悪寒が走る。
「やばいっ!」
ほとんど反射的に、俺は男から飛びのくと地に伏せた。
――ドン!
背後から轟音と爆風が押し寄せてきたのは、それと同時だった。
「ぐっ……」
が、俺の身体は常人より頑丈だ。
衝撃で鼓膜と手足が少しだけ痺れているが、意識ははっきりしている。
半身だけを起こし男の方を見ると……そこにはクレーターだけが残されていた。
肉片のひとつさえ見当たらなかった。
男は自害したらしかった。
「ヒロイ様! 無事ですか……!」
声がした方に顔を向ける。
アンリ様がクロを従え、こちらに駆けてくるのが見えた。
彼女は無事だ。
傷一つない。
よかった。
それを確認したとたん、どっと疲労感が押し寄せてきた。
「はあ、クソ……」
何かを言おうとしたが、悪態しか口から出てこなかった。
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