第148話 社畜と(社会的に)禁断のスキル

 その後、アンリ様は自分の身の上をぽつりぽつりと話してくれた。



 彼女は王都郊外の小さな修道院で育った。


 物心ついたころにはそこにいて、両親の顔は覚えていないそうだ。


 日々、厳しい修行や勉強で同じ修道院の子供たちと競い合ったりと、毎日が大忙しだったと苦笑していた。

 

 修道院での生活……ずっと日本で暮らしてきた俺にはよく分からない。


 ただ、彼女の口ぶりから何かと大変な毎日を過ごしていたのだろうことは想像できた。



 彼女はそこで十二歳まで暮らし、やがて聖女としての力を認められ、王都にあるシャロク教の総本山的な寺院で暮らすことになった。


 その後は髪色にちなんだ『黄金の聖女』と呼ばれることになり、各所の街や村にある寺院へ巡礼に出たり、魔王軍の襲ってきた場所に出向いて兵士を鼓舞する役割を負ったりと、忙しくしていたそうだ。



 ――自分に結界の力が宿っていないことに気づいたのは、数ヵ月ほど前のことらしい。


 とある街へ慰問に出向いた先でのことだったそうだ。



 正確には、かつては身体に宿していたはずの『封魔の結界』の力が消えていた。


 というか、いつの間にか感じ取れなくなっていたそうだ。


 自分の中にある魔法が感じ取れなくなる、という感覚はよく分からないが……俺の感覚に当てはめれば、スキルや魔法がステータスに表示されなくなる、みたいな感じなのだろうか?



 いずれにせよ、このことはすぐに彼女のお付きの人から王国のお偉いさん方に伝わり、大問題になったそうだ。


 もちろん皆で原因を探ったり、再び力を取り戻せるように魔法を習得し直してみたりと頑張ってみたそうだ。


 けれども、すべて徒労に終わった。


 原因も分からなかったそうだ。


 ただ、封魔の力なしとおいうことが分かれば、彼女はお払い箱だ。


 あっというまに周りの目が冷たくなり、みるみる待遇が悪化してゆき……


 その後すぐに後ろ盾をしてくれていた貴族たちも次々と去り、今では護衛すら付けてもらえずに各地の寺院や祠などの巡礼を続けているそうだ。


 もっとも、封印の力を失っただけで他に習得した魔法などは使えたので、こうして一人旅を続けていてもそれほど危険な目には遭っていないそうだが。


 本人曰く、



「さきほどはうっかりヒロイ様とぶつかってしまったせいで『隠密魔法』が解けてしまいましたが、こう見えても昔から『変装魔法』と『隠密魔法』は結構得意だったんですよ?」



 とのことである。


 一応、地下に入るさいに最低限の隠蔽は施していたようだ。


 確かにそれらの魔法が使えるのであれば、女性の一人旅でも比較的安全なのだろう。


 普段は屈強な男性冒険者に変装したりして、危険な山賊とか魔物の群れに出くわしたら『隠密魔法』でこっそりその場を立ち去ればいいからな。


 魔法の効果がどの程度なのかは分からないが、実際ここまで上手くやってこれたのならば、それなりに効果があるのだろう。


 そのうち見せてもらおうかな。


 結構使えそうだから、模倣できたらしておきたい。



 ……ちなみこっそりステータスを呼び出してスキルを確認してみたが、隠密魔法については特に新しく習得した形跡はなかった。


 ただぶつかっただけではダメで、認識する必要があるのかもしれない。


 それか、すでに所持しているスキルの方の『隠密』と同系統なのかも。


 まあ、模倣できてもスキルの方と被ってしまうので習得する必要はなさそうだが。



「……あの」



 と考え込んでいると、ふいにアンリ様が身体を傾け、俺の顔を覗き込んできた。


 なぜか、真剣な表情をしている。



「……ヒロイ様は『相手の正体を見破る魔法』が使えると、先ほど仰っていましたよね」


「ええ、確かに使うことができますが……」



 さっきのは変装魔法を見破ったとかではなく(そもそも使用していなかったようだし)、単純にバレバレだったせいだが、それはさておき。



「それが、何か?」


「いえ……」



 アンリ様は逡巡するように一旦俺から視線を逸らし、それから再び、真っすぐ俺の目を見た。



「もしかしたら、変な質問かもしれませんが……その魔法は、私のすべて・・・・・を見透かすことができるものなのでしょうか?」


「……それは」



 一瞬、口ごもった。


 確かに本来の俺のスキル『鑑定』ならば、アンリ様のさまざまな情報をつまびらかにすることができるだろう。


 だが、そんなことをする意味があるのだろうか……


 と考えたところで気づく。



「アンリ様は、自分の身体にまだ『封魔の結界』が宿っていることを確かめたいんですね?」


「……はい。最近はいくつもの寺院跡や祠を巡ったせいか、何となくですが『封魔の結界』に似た感覚を感じ取れるのです。ですが、本当にそれが『封魔の結界』なのかを確かめる術はなく……」



 言って、アンリ様が視線を落とす。


 話によれば、『封魔結界』はたった一度だけしか発動しかできない魔法なのだそうだ。


 しかも発動後は止められず、魔法の効果もかなり広範囲に及ぶ。


 だから、魔王を前にするわけでもないのに、発動させて確かめるわけにはいかない。


 俺の感覚からすればいろんな意味でリスキーな魔法だなぁ……と思ったが、そういう仕様なら仕方がない。



「確かに、ある程度なら分かると思いますが……」



 俺は迷った。



 ある程度どころか、『鑑定』を使えばおそらくハッキリするだろう。


 今はだいぶレベルを上げているから、かなり正確で情報量も多いからな。



 ただ……


 『鑑定』した結果、本当に彼女から『封魔の結界』が失われていたら?


 俺はそれを、彼女に告げることができるだろうか。



 それと、このスキルを人間に掛けると相手はどうやら変な感覚(意訳)に襲われるらしいので、そんな不埒な魔法を純朴そうな彼女に使用していいのか? というのも悩みどころだった。


 しかし彼女は俺の腕に縋りついて、言った。



「もし身体に力が宿っていなければ……その覚悟はできています。ですから……お願いします」


「……………………分かりました」



 結局、折れた。


 彼女の決意は固い。


 それに彼女の縋るような目を見ていたら、断る事なんてできなかった。


 ただまあ、一応忠告はしておこう。


 聖女様に嫌われたくないし。



「先に言っておきます。私の力……『鑑定』の魔法・・を掛けられた者は『かなり不快』な感覚に襲われるそうです。ですから……」


「大丈夫です、痛いのには慣れています。……さあ、どうぞ!」


「そっちじゃないんですけどね……」



 と反論するも、すでにアンリ様はすでにギュッと目を瞑り、俺の『魔法』に備えている。


 ……ここまで来たらやるしかない。



「じゃあ、いきますよ。三、二、一……『鑑定』」


「んんっ……!?!?」



 スキルを発動した瞬間、アンリ様の身体がビクンと震え、口からくぐもった声が漏れる。


 すぐに彼女は目を開き、俺を見た。


 顔は真っ赤だった。


 こちらを責めるような視線が突き刺さる。


 彼女の目は明らかに『これは話が違いませんか!?』と言っていた。



 ……言わんこっちゃない。



 もっともアンリ様も自分から言い出した以上、自分の身に起きたことに言及するつもりはないらしい。



「それで……っ、分かりましたか……?」



 少し息を弾ませながら、聞いてくる。



「そうですね……」



 結論から言えば……彼女の中に、『封魔の結界』なる魔法もスキルも存在しなかった。


 代わりに分かったことも多いが……



 さて、どう説明したものやら。



 ……そもそもこの世界の人って、レベルアップって概念、あったっけ?

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