第147話 社畜、聖女に再会する
「アンリ様……アンリ様ですよね? お久しぶりです」
「ち、違います……私は『黄金の聖女』などではありません! 人違いです」
俺が声を掛けると、なぜかアンリ様はそう否定してローブの端で顔を覆ってしまった。
いや今自分のこと『黄金の聖女』って言ったよね?
つーかまだ俺、アンリ様のこと聖女だなんて言ってないんだが?
「…………」
「…………ち、違いますからね? 本当ですからね!?」
ダメだこの人。
この期に及んでも他人を装っているつもりらしい。
確かに以前あったときのようなサラサラの長髪ではなく、セミロングの髪をおさげにしている。
長旅だったのかローブやブーツも土埃でだいぶ汚れているし、知っていなければ誰も彼女が『聖女』だとは思わないだろう。
とはいえ彼女の目は泳ぎまくっているうえ顔は真っ赤で、冷や汗もダラダラだ。
俺の声掛けで一瞬にして挙動不審になっているし、バレバレである。
おそらく彼女はウソ吐くのが超ヘタクソか、普段からウソを吐く機会が皆無なのだろう。
それ自体は、彼女の善性の発露とも取れなくはないが……これでは埒が明かない。
とはいえ、このまま普通に問い詰めてもそう簡単には白状しなさそうだし、なによりウソを吐き慣れていないっぽい聖女様に強引に認めさせるようなことはしたくなかった。
……仕方ないな。
「はあー……困りましたね」
俺は腕組みしてから、わざとらしくため息を吐いてみせた。
少し遅れて足元で「フスー……」と小さな鼻息が聞こえたが、これは俺の小芝居を鼻で笑ったのか、それとも俺と同様『困った聖女様だな』と思ったのか。
ともかく、先を続ける。
「……これは秘密なのですが」
俺は大げさな身振りで、自分の口元に人差し指を当てて見せた。
「実は私、『相手の正体を見破る魔法』を使えるんですよ。貴方が聖女アンリ様であることは、最初からお見通しなのです。ですから他人を装ったところで私には何の意味もありませんよ」
実際『鑑定』を使えば一発なので、ウソは吐いていない。
まあ人に使うとその瞬間に色々な意味で『終わる』気がするので、使うつもりはないが。
「なんと……!!」
俺の言葉を真に受けたのか、アンリ様は目を見開き……それから観念した様子でガックリと肩を落とした。
「そういえば、ヒロイ様はワイバーンをたった一発の魔法で打ち倒した、手練れの魔法使いでしたね……無駄な演技でした」
「いえいえ、私とて魔法がなければ見破れるかどうか怪しかったですので」
ぶっちゃけ大根役者もいいところだったのだが、それを指摘するのは野暮というものだろう。
「お久しぶりです、アンリ様」
「こちらこそ、その節は助けていただきありがとうございました、ヒロイ様」
お互いの素性が明らかになったところで、改めて挨拶を交わす。
「おっと、お参りが必要でしたらお先にどうぞ」
「ええ、お先に失礼いたします」
階段を横にどくと、アンリ様は軽くお辞儀をしてから俺の横をすり抜け、地下の祭壇へと歩いて行った。
ご神体はすでに無いのだが、それでも構わないようだ。
彼女は祭壇の前で
『――この地を治める名もなき精霊よ、其方に永劫の安寧と繁栄のあらんことを』
俺の感覚からすると、不思議なお祈りだった。
こういうのって、お願いを聞いてもらったり加護を得るために、神様にお願いするような言葉になるのでは?
これでは、まるでここに
……とはいえ日本でも地鎮祭みたいな宗教行事があるし、こっちの世界でもこの手のお祈りが一般的なのかもしれない。
それよりも、祭壇に祈りを捧げている間、アンリ様の身体がうっすらと黄金色の光を放っていたのが印象的だった。
やっぱ魔法のある世界だし、お祈りすることでなにがしかの加護を得られるのかもしれない。
彼女の呟いていたお祈りの言葉も魔導言語だったし。
彼女のお祈りが終わったあとは、二人と一頭で地上へと移動する。
せっかくの再会だからということで、森の隅にあった倒木に腰掛けしばらく休憩することにした。
クロは俺の足元で伏せ、欠伸をしつつも俺たちの会話に耳を立てている。
「それにしても、こんなところでアンリ様にお会いするとは思いませんでした。ここの祠には巡礼に来られたのですか?」
「ええ。この地には、遠い昔に忘れ去られた小さな祠や寺院跡などがたくさんありますから。地元の方にお話を聞いたり自分で調べたりして目的地まで赴くのは、存外に楽しいのですよ」
「それはなかなか大変な旅路ですね……」
「私はさておいても、ヒロイ様こそこのような小さな祠にいらっしゃるとは、とても信心深いお方なのですね」
言って、嬉しそうな表情を見せるアンリ様。
もしかして以前出会ったころから、この辺りの祠とかを逐一回っていたのだろうか。
この世界のことはあまり分からないが、少なくともこのノースレーン王国では国教らしき宗教のほかに土着の神様的な存在も信仰されているっぽいし、下手をすれば村とか集落ごとにこの手の祠が置かれているんじゃないか?
俺には、それが途方もない苦行に思えた。
この子、見た目は高校生くらいの女の子だけど実はすごい子なのかもしれない。
あ、聖女だったわこの人。
そんな彼女の純真そうな様子をみていると思わず「ハイソウデス」と頷いてしまいそうになるが、さすがにここは適当に誤魔化さず、きちんと誤解を解いておいた方がいい気がする。
「大変恐縮ではあるのですが……私の方はお参りではなく、単純に冒険者ギルドの依頼でこの祠……というか、この
言って、俺は荷物の中から『
「……これは?」
「闇色茸というキノコの一種です。ダンジョン内で生育するため魔力を帯びているので、乾燥させて磨り潰すと魔導書などに使う黒インクになるそうですよ」
「そうだったのですね……! 魔導書に使われるインクの元なんて、私初めて見ました!」
アンリ様は、真っ黒なキノコに興味津々らしく、目を輝かせて俺の手のひらを覗き込んでいる。
その様子は年相応の少女にしか見えなかった。
もちろん聖女という存在自体はロルナさんやフィーダさんから多少は聞いている。
生まれながらに常人とは比べ物にならないほど膨大なマナを有し、魔王を封印する特殊な結界魔法を使うことができる、選ばれし者。
おまけに絶世の美少女といって差し支えない容姿である。
それゆえ、この国ではまるでアイドルのように崇拝されているのだとか。
ジェントの街の不良冒険者たちが、何日も前から某タヌキ型ロボアニメの劇場版ジャイ○ン&ス○オみたいになるのも頷ける。
「そういえば、アンリ様はどうしてこの祠に? ジェントの街には前乗りでいらっしゃったのですか?」
「マエ・ノリ……?」
アンリ様が首をかしげたところで、気づかず社畜語を使用していたことに気づく。
「……失礼しました、聖女様は明後日に街にいらっしゃるとお伺いしていたもので」
「ああ、そういうことでしたか」
言って、なぜか彼女は寂しそうな顔ではにかんだ。
「それは多分、聖女違いですね。式典や街の寺院への巡礼などは、『白銀』のミリーヌ様がご担当されるそうですので」
「な、なるほど……?」
誰だミリーヌ様って。
とそこで思い出す。
そういえば、この国の聖女様って三人くらいいたんだっけ。
というか、アンリ様の口ぶりでは彼女は式典とかには出ないってことか?
そんな俺の表情で察したのか、彼女は寂しそうな顔のまま、呟くようにこう続けたのだった。
「私は巷では『黄金の聖女』などと言われておりますが……結界の力など持ち合わせていない、ただの小娘に過ぎないのです。……もしかしたら、がっかりさせてしまったかもしれませんね」
※何を隠そう(?)、聖女は現在三人います(第27話など参照)。
だいぶ話が飛んでるので読者の皆様は完全に忘れていると思いますのでそこはすいません……!
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