第146話 社畜と危険なキノコ
依頼のダンジョン『レドゥの祠』はジェントの西側に広がる丘陵地帯を小一時間ほど歩いた先にあるとのことだった。
城門を抜け、街道から脇道に入ると、すぐに石畳から土の地面に変わった。
空は快晴。
両側には夏色の草原が広がり、涼風が吹き抜けるたびに背丈の低い草がそよいでいる。
そんなのどかな風景を楽しみながら、なだらかな坂道をクロと一緒にのんびり進んでいく。
「あそこか」
しばらく歩き丘を二つほど越えた先に、周囲と比べ背の高い木々が生い茂っている小さな森が見えた。
小道はそこへと続いていた。
「…………」
ひっそりと静まり返った小さな森へと足を踏み入れる。
中心部には、俺の身長より少し小さな祠があった。
「なんだか田舎の神社みたいだな」
「…………」
実際その通りで、 依頼書の備考欄には、かつてこの地を守護していた土地神のような存在が祀られていたと記されている。
目的のダンジョンは、この祠の下にある地下祭壇兼倉庫だ。
もっともその祭壇には、今はもう御神体のようなモノは存在しない。
最初に足を踏み入れた冒険者により持ち出されてしまったからだ。
「ええと、ダンジョンの入口は……これか」
俺は祠のすぐ手前、足元にある大きな石板を見下ろした。
「……よっと」
幸いなことに石板には取手らしきくぼみが付けられており、簡単に持ち上げることができた。
依頼書通り、内部は地下へと続く階段となっている。
下の方は蝋燭らしき
こんな地下にずっと火を
ちなみにクロはあまり興味がないのか、祠と地下階段の端をフンフンと嗅いだあとは、ひとつ欠伸をしただけだった。
「おっと、突入前に依頼を再確認しておかねば」
念の為、依頼書を取り出して再確認する。
今回の依頼は、ダンジョンに関わるものとはいえ実質は『採取依頼』だ。
目的の品は、『
ダンジョンの浅い場所に生えるキノコで、文字通り真っ黒なのでそう言われているとのことだ。
依頼書に描かれた姿形は、某キノコのチョコ菓子が一番似ている。
サイズ感もそれくらいだ。
で、コイツは名前から想像する通りのシロモノ……つまり毒キノコだ。
もっともその毒性はそこまで強いものではなく、仮に食べたとしてもよほどのことがない限り死ぬことはない。
ただし嘔吐と下痢で三日三晩苦しむうえ、しばらく口の中が真っ黒になるとのことだった。
じゃあなんでそんなものを採取するのかと言えば、こいつは乾燥させて粉末状にしたものが魔法触媒や魔導書執筆のためのインクの原料になるからだ(受付のお姉さん談)。
余談だが、ジェントの魔法使いはたった一人しかおらず、この依頼もその方が数ヵ月おきに出している程度とのことである。
まあ、俺の本来の目的はダンジョン内部での転移魔法陣設置だからな。
依頼も数ヵ月に一回程度ならば他の冒険者に見つかる可能性が低いのでむしろ助かるまである。
「よし……それじゃ、ちゃちゃっと済ませちまおう」
石板を邪魔にならない場所にどかしてから階段から地下へと降りる。
祠の地下は十畳程度の広さの部屋だった。
壁に埋め込まれた燭台で、蝋燭の火が弱々しい光を放っている。
魔物の気配は……ないな。
部屋の隅には空っぽの木箱が置いてあり、部屋の奥には祭壇らしきものが見える。
もっとも祭壇の方は、今となってはもうただの台でしかなかったが。
念のため木箱と祭壇を『鑑定』で確認してみたが、どちらも魔物が擬態しているわけではなさそうだ。
で、目当ての『闇色茸』は……
「あった……これか」
祭壇の奥、壁際に走る亀裂からひっそりと生えていた。
密集して五、六本くらいあるので、このうち三本だけを取っていけばいいだろう。
全部取ってしまったら、次から生えてこないかもしれないからな……
……一応、コイツも『鑑定』しておくか。
《対象の名称:闇色茸》
《干して焼いたものは非常に美味で、ロイク・ソプ魔導王朝では珍味として愛された》
《ただし食して半日ほどで嘔吐と下痢の症状が出始めるため、あらかじめ解毒魔法を習得しておくか、解毒魔法を使える術者を準備しておく必要がある》
《なお粘膜の色素沈着は解毒魔法で治癒できないため、しばらく口の中が真っ黒のままであることを覚悟すること》
「いや食わねえよ!?」
思わず『鑑定』にツッコんでしまった。
つーかなんで食うことが前提の情報が出てくるんですかね……!?
しかも口の中が真っ黒になる期間が『しばらく』だ。
それが三日なのか十日なのかはたまた半年なのか、明言されていない。
そんなもの、いくら美味しくても怖くて食えるかってんだよ……
ちなみにクロはキノコが苦手なのか、近寄りもしなかった。
……キノコの採取が終わったら、本命のお仕事である。
「ええと……ここにするか」
木箱の裏あたりに、スキルで魔法陣を設置する。
この魔法陣はロイク・ソプ魔導言語によりカスタムした、特定の座標へ飛ぶ一方通行のものだ。
目的地はいつもの経由地、メディ寺院遺跡。
これで寺院遺跡の最下層まで転移したあと、『レドゥの祠』の座標を埋め込んだ双方向転移魔法陣を設置してそれで戻り、さらに先に設置した一方通行のものを双方向の術式へ書き換え完成となる。
「この瞬間がちょっとドキドキするんだよな……クロ、すぐ戻るから待っててくれ」
「……フス」
『早く戻ってくるのだぞ』の鼻息を聞きながら、転移。
見慣れた寺院遺跡の最下層に到着したのを確認してからすぐさま『レドゥの祠』行きの魔法陣を設置し、その魔法陣でとんぼ返り。
「ただいま」
祭壇の前でのんびり寛いでいるクロに声をかけてから、魔法陣を双方向のものに書き換えた。
ついでに俺とクロ以外が載っても発動しないように調整。
「ふう……これでよし、と」
首尾よく設置できたのを確認してから、大きく息を吐いた。
さて、これでジェント周辺からメディ寺院遺跡を経由して、現実世界に帰れるようになった。
おまけに、現実世界からここまでもすぐに来れるようになったわけで。
なんだか世界がぐんと広がった気がしてちょっと嬉しくなった。
「さて、用事も終えたし帰るか」
「……!」
念には念をと、空の木箱を移動させ魔法陣を隠してから、クロと一緒に地下室を出て……
階段の中腹あたりで、トン、と何か柔らかいものにぶつかった。
「きゃっ!?」
「うわっ!?」
女性の小さな悲鳴とともに、どさり、と俺と接触した誰かが後ろに倒れ込む。
一仕事終えたあとで、完全に前方不注意だった。
というか、俺に並んでチョコチョコと小さな体で階段を上っていくクロが可愛らしくてずっと眺めていたため、前を見ていなかった。
いや、まさかこんな場所で誰かにぶつかるとは思わないし……
「いたた……」
「す、すいません! お怪我はないですか!?」
階段に尻餅をつき顔をしかめているのは、金色の髪をおさげにした美少女だ。
歳は……十五、六歳くらいだろうか。
ゆったりとしたローブに身を包み、片手には杖を持っている。
「あ……いえ、まさかこの祠に人がいるとは思わず……こちらこそ申し訳ありませんでした」
女の子が慌てて立ち上がり、深々と頭を下げる。
「いえ、こちらこそ……ん? アンリ様?」
「……えっ?」
女の子が顔を上げたところで思い出した。
この子、確か……以前ロルナさんと一緒にドラゴンから助けた聖女様……だったっけ。
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