第145話 社畜と男気冒険者
翌日。
宿でたっぷり朝寝坊したあと、フロントのリンデさんに冒険者ギルドの場所を聞いて向かうことにした。
場所は宿から出て、街の通りを十分くらい歩いた先にあるそうだ。
リンデさんに書いてもらった簡易地図を頼りに通りをクロと一緒にのんびり進んでいく。
夜が明けて分かったのだが、ジェントの街はちょっとした岩山を城壁で囲った構造になっているようだ。
そのせいで、中心に向かうにつれ急な坂や高低差のある風景が多くなってきた。
俺が今歩いているメインストリートもいつのまにかぐねぐねと曲折した急坂に変化しており、周囲の建造物も道にへばりつくようにして建っている状態だ。
日本で言えば尾道や長崎を思わせる街並み(建物はヨーロッパ風だが)でなかなか風情があるが、この辺りに暮らす人たちは大変だろうなぁ、というのが正直な感想だった。
まあ、すれ違うお年寄りはシャキシャキ上り下りしているから、地元民は慣れているのかもしれないが。
「お、ここか」
街の上層あたり……地図に書かれた場所に建っていたのは、かなり年季の入った建物だった。
扉の上にはめ込まれた銘板に『冒険者ギルド ジェント支部』と刻まれている。
もっとも、建物は古いが周辺は綺麗に清掃されており、ゴミ一つ落ちていない。
荒れた雰囲気の建物に入るのは躊躇するので、これはありがたいな。
「よし、いくか」
木製の扉を開き建物に入ると、内部は開放感のある吹き抜け構造になっていた。
元は二階部分があったらしく梁は残してあり、その向こう側の天井付近ではプロペラ式のシーリングファンが回っているのが見えた。
なんだかリゾート地のような雰囲気でワクワクするが……あれは魔法とかで回っているのだろうか?
この世界には電力が普及していないようなので、構造がちょっと気になるな。
フロアには、冒険者らしき男女が数組たむろしている。
そのうち何人かが入り口に立つ俺に視線を向けてくるが、すぐに興味を失ったのか仲間たちのとの会話に戻っていった。
そんな中を奥に進み、受付と思しきカウンターまでやってきたところで、背後から野太い声を浴びせられた。
「おいお前! お前だお前! 黒い犬連れた兄ちゃんだよ! ちょっと待てや!」
振り返れば、大きな剣を背負った二メートルくらいの大男が俺を見下ろしていた。
目つきは悪いし顔は傷だらけ。しかも横幅も俺の倍くらいある。
超ゴツイ。
さらには、彼の取り巻きと思しき冒険者の皆様がニヤニヤと笑いながら俺の方を見ている。
やべぇ……もしかしてこれ、ヤカラな冒険者さんに目を付けられちゃった感じか?
なんか冒険者ギルドに来た実感が湧いてきてオラワクワクしてきたぞ……ってなるわけがない。
現代日本でも繁華街などでたまーに見かける光景だが、まさか自分が当事者になるとは。
……しかし。
なぜか、状況に対して俺の心は極めて冷静だった。
というか、まったく恐怖とか焦りを感じない。
チンピラに絡まれるイベントなんて日本でもこっちでもこれが初めてだったが、こんなものなのだろうか。
「あの、なにか」
街中ならばともかくギルド内で相手を無視するのは悪手だろう。
ひとまず男に返事をする。
「ちょっとこっちにこいや」
「はあ」
手招きしてから歩き出した男たちのあとをついていく。
連れてこられたのは、部屋の隅にある掲示板の前だ。
「……あんた、見た感じ新人だろ? この支部じゃ、この掲示板から依頼書を剥いでからカウンターに持っていくのがやり方だ。間違えると職員にどやされるぞ」
声を潜めそう言いながら、カウンターの方を小さく指さす。
「そうだったんですか」
口調は乱暴だが、親切に教えてくれる人だった……
新人だと看破されたのは、俺がギルドに入ったあと内部をキョロキョロ見回していたからだろうか。
意外と他人から見られていたようで気恥ずかしくなる。
ちなみに手続きの方法はスウムの集落と同じらしい。
それを教えてくれたのは素直にありがたい。
「助かりました。ご推察の通り、この街の冒険者ギルドで依頼を受けるのは初めてだったもので」
「いいってことよ。冒険者ってのは困ったときはお互い様だからな!」
「ヒヒーッ! 掲示板の左が高難易度、右に向かうにしたがって難易度が下がっていくぜェ!」
「フン……新人ならばまずは右の依頼から受けていくことだな」
取り巻きの人たちもクセが強いけど普通にいい人だった。
「じゃあ、俺らは行くぜ。頑張れよ、新人」
「ええ。皆さんもお気をつけて」
冒険者たちがギルドを出て行ったあと、俺はクロと顔を見合わせた。
「なんか普通にいい人たちだったな」
「…………」
まあ、さっきのアクシデント(?)でこの街の冒険者の空気感がなんとなくつかめたのは大きい。
で、依頼だ。
「ええと、ダンジョン探索系は……と」
さっきの人たちは左が高難易度、右が低難易度の依頼と言っていたな。
たしかに、左側は魔物の討伐依頼や大規模な商隊護衛などに加え、国境警備の助っ人など荒事の臭いがする依頼が多い。
反面、右側は薬草の採取だとか、街周辺の害獣駆除だとか農園での手伝い、それに土木工事の補助作業などが多くみられた。
ちなみにダンジョンに関する依頼は……真ん中よりは『右側』に数枚ある程度だ。
内容は、ダンジョンの低層に生育するキノコの採取だとか、ダンジョン周辺の清掃など。
ダンジョン探索を目的とした依頼はなかった。
よくよく考えたら、この世界のダンジョンって魔物はリポップするし内部にある金目の遺物は持ち出すとそのままっぽいから、ある程度探索し尽くしてしまえばそれで終わりだ。
探索系依頼が簡単に見つからないのは、ある意味当然ではある。
……とはいえ、俺も別にダンジョンそのものを攻略するのが目的ではないので、内部に入れる依頼ならばなんでもいい。
ひとまず、ダンジョン内のキノコ採取依頼を受けてみるか。
依頼書を掲示板から剥がし、受付まで持っていく。
カウンターの奥には、俺より少し年下……三十前後と思しき女性が座っていた。
ショートカットの黒髪で、褐色肌の美人さんだ。
華奢な体つきではあるが、手足は引き締まっていて豹のような雰囲気がある
たしかに、何か変なことを言うとどやされそう。
「……すいません、これでお願いします」
「……」
俺が声をかけると視線だけをこちらに寄越してきた。
鋭い目つきだ。
リンデさんみたいに元冒険者の人なんだろうか。
彼女はしばらく舐めるように俺を眺めたあと、立ち上がりカウンターの側までやってきた。
「あ、依頼受注ね。この支部で受けるのは初めて? 名前と登録支部を聞いても?」
登録支部?
一瞬なんのことかと思ったが、すぐに意図を理解する。
「アラタ・ヒロイと申します。登録支部は……スウムです」
「あー、避難命令の出てるあそこね。だったらすぐ分かるから、ちょっと待ってて」
彼女は依頼書を奥の棚にしまってあった書類を引っこ抜くと、ページを繰り何やら調べ出した。
といっても、待っていたのはわずかな時間だ。
「アラタさん、ね。登録確認できたわ。……依頼実績そんなにないけど、ダンジョン内部の採取依頼を受けても大丈夫?」
「ああ、大丈夫です。無理をするつもりはないので」
「まあ、冒険者は自己責任だからこっちも無理に止める気はないけどさ……しばらくの間、遭難しても捜索隊は出せないよ? 聖女様の警備でギルドからもかなりの人員が駆り出されてるからね」
「聖女様、ですか」
「ああ、あんた最近この街に来たんだっけ? 明後日の祝祭日に王都から聖女様が巡礼と前線視察にやってくるんだよ。この辺の寺院遺跡だとかを回るんだけど、ここも視察対象だから、当日の依頼の受注と納品は午後以降しか受け付けられないよ」
「そうなんですか」
もしかして、ギルドの周辺がキレイだったのは、そのせいだったとか?
まあ、理由はなんにせよ周辺環境を整えるのは悪いことではない。
「ま、だからあんたもなるべく無理しないようにね。じゃ、依頼受付完了だから。いってらっしゃい」
彼女はいろいろ説明をしているうちにテキパキと手続きをこなし、依頼書を差し出してきた。
「ご忠告、ありがとうございます」
「ああ、それと」
さっそくダンジョンに向かおうとしたところで、お姉さんに呼び止められた。
「さっきの連中……『竜の
「了解です……」
どうやら見た目通りの連中だったようだ……
※ちなみにリアルではシーリングファンは140年くらい前に発明されたそうですが、電気のない時代は水流を動力として回していたそうです。
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