第143話 社畜と異世界の街

 砦を出て、ヴェイルさんをはじめとした数名の騎士さんに護衛され半日ほど徒歩で進む。


 臨戦態勢の砦から一介の商人のために馬車や馬を出すわけにもいかず、出発前ロルナさんにそのことを謝られたが……さすがにそこまでしてもらうつもりはなかったので問題ない。


 そもそも、砦の貴重な戦力を割いてまで俺の護衛に充ててくれたことには感謝しかない。


 それに……何時間も狭い馬車の中で揺られるより、自分の足で街まで歩いたほうがずっと楽しいからな。


 なお護衛の皆さんは俺を送り届けたあとすぐ引き返せるよう、乗馬しての随伴である。


 ちょっと羨ましい。



 余談だが、道中、彼らが馬を乗りこなす様子を眺めていたが『模倣』で乗馬スキルは取得できなかった。


 もしかしたら『歩く』『走る』みたいな日常動作の一つとして認識されているのかもしれない。


 まあ、巨狼化したクロになら乗れる(乗せてくれる)から……


 いや、今後のためにも馬に乗れるように練習すべきか。頑張ろう。



 道中自体は平和そのものだった。


 街道は歩きやすいよう整備されていたし、護衛のおかげか盗賊や魔物の襲撃にも遭わずに済んだからな。


 おかげで日没までには無事目的地である『ジェント』という街に到着することができたのだった。



「おおー……」



 外と街を隔てる巨大な城門を見上げ、思わず感嘆の声を漏らした。


 目の前の『街』は、いわゆる城郭都市というやつだろうか。


 燃えるような夕焼けの下、黒々とした高い城壁がそびえている。


 なんというか……とても『える』風景だ。


 思わずスマホでパシャパシャ写真を撮りたくなったがどうにか抑える。



「ヒロイ殿、我々の任務は貴殿をここまで送り届けるところまでだ。街の中は外より安全だが、商人が一人で出歩くには少々物騒な場所もある。路地裏などに迷い込まないよう注意されよ」



 部下の騎士さんが門番さんに申し送りをしている間、手持無沙汰だったのか、ヴェイルさんが馬に乗ったままそんなことを話しかけてきた。



「ご忠告ありがとうございます。もっとも、ご心配には及びませんよ。これでも私、腕に覚えがありますので」



 言って、俺はニカッと笑みを浮かべつつ腕に力こぶを作って見せる。


 もっともヴェイルさんは俺の二の腕を一瞥して、心配そうな顔になっただけだ。



「ふむ……ロルナ殿と兵士長殿に話を伺ってはいるが、やはり底知れぬ・・・・御仁であるな……」


「はは……よく言われます」



 できるだけ失礼のないように言葉をぼかしているが、ヴェイルさんの言わんとしていることは『お前は強そうに見えん』だ。


 まあ、騎士団の皆さまのように鍛え上げられた分厚い胸板とか太い腕とかじゃないからな……


 とはいえ向こうの言い分も理解できるので、こちらから何かを言うつもりもない。



「とにかく、夜の街は外とは別の危険がある。宿に入ったら、日が昇るまでは大人しくしておくことだ。貴殿に何かあれば、せっかくここまで無事に送り届けた意味がなくなってしまうからな」


「肝に銘じておきます」


「うむ。くれぐれも達者でな」


「はい、お忙しい中ありがとうございました」


「……う、うむ」



 俺が深く頭を下げるとヴェイルさんはなぜか戸惑った様子だったが、すぐに背を向け「行くぞ!」と部下に声をかけ、もと来た道を全力で引き返して行った。



「さて、と」



 ヴェイルさんたちの姿が見えなくなったあと、俺はクロと一緒に城門へと歩き出す。


 入場のさいに門番さんに呼び止められ氏名やこの街に来た目的など二つ三つ質問をされたが、申し送りが効いているのかそれ以外は特に聞かれず内部に入ることができた。



「おぉー……」



 城門をくぐると、外とはうってかわって暖かい光と熱気に満ちていた。


 門から奥へとのびる通りはどうやら繁華街とか飲食店街のような場所らしく、たくさんの人々が行き交っている。


 そこかしこの店からいい匂いが溢れてきて、ぐう、と腹が鳴った。


 早く宿に入ってメシを喰いたい。



 人間の種類は様々だ。


 一番多いのは地元民っぽい簡素な服装の人たちだが、商人らしき豪華な服を着こんだ人や鎧を着こんだ戦士風の男性やローブを着込んだ女性もいる。


 戦士風の連中は武装しているわりに軍人っぽい折り目の正しさを感じられないので、冒険者とかその類だろうか?


 この雑多な感じ、嫌いじゃない。



「ええと、宿は……このへんか」



 行き交う人々をかき分けながら少し奥に進むと、宿らしき建物がいくつか見えた。


 いずれも一階部分に飲食店が入っており、二階より上が宿泊施設となっているタイプだ。


 なんとなく、出張のときに泊まったビジネスホテルを思い出す。



「さて、どれがいいかな……」


 

 一応ロルナさんとフィーダさんから街の内部構造や宿などの情報を得ているので、質の悪い宿を引き当てる心配はない。



 たとえば、ちょうど斜め向かいにある宿はいわゆる売春宿だ。


 ここは一階が雰囲気のあるバーになっており、二階と三階が宿泊施設のようだが……


 フィーダさんいわく『おひとり様で泊まれなくはないが客層はまあそれなり、そういう目的でないなら治安の面でもあまりオススメはしない』とのことだった(そしてロルナさんに『なぜ知っているのだ?』と白い目で見られていた)。


 まあ、俺のような普通の旅人ならば避けるべき宿だな。



 ロルナさんの情報では、普通の宿はもう少し奥にあるとのことなのでそちらへ向かう。


 彼女オススメの宿は何軒かあるのでどこにすべきか少し迷ったが、一番雰囲気の良さそうな外観の宿を選ぶことにした。



 木製の扉を開くと、店の中はディナータイムのせいか多くの人たちでにぎわっていた。


 客層は商人中心のようだ。


 うん、多分当たりだな。


 ええと、フロントは……あっちか。


 というか、なんか見覚えのある女の人がカウンターの奥に座ってるんだが?



「いらっしゃーい……アラタさん?」



 向こうも俺を見てすぐに気づいたようだ。


 ビックリしたように目を真ん丸にしている。



 というかリンデさん、なんでこの街の宿で働いてるんですかね……

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