第142話 社畜、異世界の現状を知る

「おぉ、久しいなヒロイ殿」


「よう、元気そうだな」



 ヴェイルさんに砦の応接間に案内された後、すぐにロルナさんとフィーダさんがやってきた。


 二人とも鎧を身に着け、腰には剣を帯びている。


 外で出会った騎兵さんたちと同様、フル装備だ。


 もっとも二人は俺を見るなり安堵したような表情になった。


 ……もしかしなくても、心配をかけてしまったようだ。



 申し訳ない気持ちが込み上げてきたが、それと同時に元気な姿を見せてくれたことに俺もまた安堵する。


 戦争になってしまえば、二人がこの先もずっと無事とは限らないからな。



「ロルナさん、フィーダさん、お久しぶりです……すいません、お取り込み中だったようで気づかず恐縮です。しばらく他国に滞在していたせいか、ここまで情勢が緊迫しているとは知らず」



 俺は立ち上がって深く頭を下げた。



「いやいや、気にしないでほしい。状況は緊迫しだしたのは、つい最近のことだからな。さすがにこんな僻地の情勢を他国で逐一把握するのは困難だ。それよりも、ひさしぶりにヒロイ殿の元気な様子を見ることができてこちらもホッとしているよ」


「以前伝えた通り、しばらく砦周辺に近づくのは控えてもらいたかったが……街道を封鎖しているとはいえ、別に魔法で障壁を張ってるわけでもないからな。入っちまったものは仕方ねぇ。まあ、あんたなら魔物程度でどうこうなることもなかろうが……無事で何よりだ」



 そう話す二人の顔は思いのほか明るい。


 どうやら本心から歓迎してくれていて、また心配してくれているようだった。


 俺としても、ありがたく、そして申し訳ない気持ちでいっぱいである。



「とにかく、砦の内部は安全だ。しばらく休んでいくといい」


「ありがとうございます」



 ロルナさんの申し出にありがたく甘えることにする。


 その後は二人と雑談がてら、いろいろと現在のノースレーン王国について話を聞くことができた。



 まず、この砦の状況だが……今のところ大規模な戦闘はないものの、これまでに何度か斥候と思しき魔物の集団が森の中を移動しているのを巡回の騎兵さんが発見し、これを討伐することがあったらしい。


 その一件で砦周辺が戦場と化す危険性が増したため、当面の間、この辺りの街道を封鎖して人々の往来を制限しているそうだ。



 もっとも街道を封鎖したといっても、その手前の横道に逸れてしまえば警備兵さんの目は行き届かない。


 それにこの辺りは森の中に遺跡が点在しているため、そこへ至る古道があったり、地元住民が狩猟や農林業のため開削した小道がいくつも走っているらしく、それらを利用し封鎖区域を迂回するつもりが、気づかず内部に迷い込んでしまう者が続出しているらしかった。


 ちなみに俺がここまでやってくるときに森が焼き払われ荒野と化していたのは、魔王軍の斥候が隠れる場所をなくすことが目的の一つとのことだった。


 それと、木々とか茂みを取っ払うことにより、騎兵隊を中心とした大規模な軍事行動を取りやすくするため……だとか。


 そういえば、これまでは見なかった王国騎士団の方々がこの砦に滞在しているようだから、彼らのため、ということなのだろう。


 ちなみにこの辺りの話は軍事機密に当たるのでは……? と一瞬焦ったが、こちらの世界ではこの手の戦場の環境を整えることは一般人でも比較的常識の範疇らしいとのことだった(子供とかでも将棋のようなゲームだとか陣地取りゲームでその手の戦術を身に着けるらしい)。


 そのせいで、その手の素養が全くない俺が少々恥ずかしい思いをする場面もあったが……それをきっかけに二人が軍事やら戦術に関する知識をいろいろと披露してくれたのは怪我の功名といったところだろうか。


 というか、子供のころから軍事的な知識やら戦術やらに親しんで育つとか、ノースレーン王国って結構武闘派国家なのでは……


 いや、そもそも異世界が物騒なだけか。


 山の向こう側は魔物の暮らす「魔界」だし、人里を離れれば猛獣が跋扈している。


 ダンジョンなんてものも普通に存在しているし、この手の素養が必須なのだろう。


 まあ現実世界の方も妖魔やら怪人やらで物騒さはそれほど変わらないが……それはさておき。



 ちなみに、さすがに現在の砦の兵力だとか魔王軍の具体的な動きなどは話題に上がらなかったし、俺の方からもあえて話を振ることはしなかった。


 まあ、ヴェイルさんをはじめ王国騎士団と思しき方々が砦内を行き来しているわけで、以前よりも砦の戦力を強化しているんだなぁ、くらいのことは分かってしまったわけだが……それをあえて口に出すこともあるまい。



 いずれにせよ、俺との雑談がロルナさんとフィーダさんのいい気晴らしになったのなら幸いである。



「さて、そろそろ私もお暇します。あまりお二人を独り占めするわけにもいきませんし」



 しばしの雑談ののち。


 俺は頃合いを見はからい、そう切り出した。



「承知した。今日は久しぶりにヒロイ殿と話せて嬉しかったぞ」


「今度は戦が終わってから来てくれな? ……次は練兵場で手合わせでもしようぜ」


「はい、そのときはぜひ」



 言って、立ち上がる。


 さて、それじゃこのまま集落に向かうとするか。



「……ああ、そうだ。もしヒロイ殿がスウム方面に向かうつもりなら、あの集落には今、人はいないぞ」


「えっ、そうなんですか」



 と思ったらフィーダさんに出鼻をくじかれた。



「位置的に、戦場になるかもしれないからな。街道を封鎖する際に、住人には別の場所に避難してもらっている」



 ……マジか。


 いやまあ確かに、距離的や場所的からして魔王軍に集落を襲われる危険があるのは分かる。


 とはいえ、そうなるとこの世界で行くあてがなくなってしまうんだが……


 ……などと思った俺の心を見透かすように、フィーダさんが先を続けた。



「つーことで、避難先の街まで送り届けるということでいいか? どのみち規則上、封鎖地域を抜けるまではあんたに護衛を付ける必要があるからな。……いつもあの集落で宿を取ってるんだろ? 実は、あそこの宿の店主が俺の元後輩なんだよ」



 そういえば、リンデさんってフィーダさんの冒険者時代の教え子か何かだったけかな、と思い出す。


 ならば話は早い。



「はい、よろしくお願いいたします」



 ということで、リンデさんらの避難している街まで案内してもらえることになった。

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