第141話 社畜、焼け野原に立つ

「何だこれ……」



 異世界の寺院遺跡から出たとたん、目を疑う光景が飛び込んできた。


 砦に向かう道の周囲に広がっていた森が消え、荒野と化している。


 地面は煤と炭だらけで、まばらに焼け焦げた木々が立ち並んでいる程度だ。


 山火事とか森林火災の類だろうか?


 とはいえ、すでに煙は上がっていない。


 鎮火してしばらく経っているようだ。


 それにしても酷い光景である。



 もっとも、俺が出てきた遺跡そのものは特に被害は見当たらなかった。


 というか遺跡より後ろ側……魔界方面の森は無事だ。


 この感じ……意図的に特定の領域の森を伐採して焼き払ったように見える。



 何のために……と顎を撫でたところで思い当たる。


 以前、フィーダさんがこの辺りが戦場になるかもしれないと言っていた。


 それも、かなり大きな戦になりそうとだは聞いていたが……ここまで大規模だとは思わなかった。


 だから、なるべく戦闘に巻き込まれないよう、ここから離れた場所にあるスウムの宿場町まで向かうつもりだったのだが……



「……まさか」



 この状況を見て、さすがに砦の様子が心配にならないわけがない。


 遺跡付近は周囲が拓けてはいるものの、丘陵地帯なのでそれなりに起伏がある。


 そのせいで、砦の方まで様子を見通すことができなかった。



「クロ、ちょっと砦の様子を見に行こう」


「…………」



 走り出した俺の横にクロが無言で並走している。


 心なしかいつもより雰囲気が硬いので、もしかしたらコイツなりに心配しているのかもしれない。



「……それにしても、見事に焼け落ちてるな」



 道自体は石が敷き詰められているので、それなりに原型をとどめている。


 しかし、これまであったみずみずしい森が荒涼とした大地と化しているので違和感しかない。



 緩やかにアップダウンを繰り返す丘陵をいくつか越えると、ようやく手前に広がる平原とその奥に建つ砦が見えた。



「あった! よかった……砦は無事か」



 ここから見る感じ、特に城門や壁面が破壊されていたり、煙が上がっていたりする様子はない。


 ただ、城壁に掲げられている旗は明らかに煤で薄汚れていた。


 ほかに代わったところがあると言えば、砦の周囲には木杭を束ねて作ったバリケードがあちこちに設置されていることだろうか。


 俺は軍事とか戦争に詳しくはないが……かなり物々しい雰囲気だ。


 ただ、よく見てみるとバリケードは真新しく、壊れている箇所もない。


 戦闘は、まだ起きていないのだろうか?



 ……などと、あちこちをキョロキョロ見回しながら進んでいると。


 砦の城門が開き、五騎ほどの騎兵たちが隊をなし、ものすごい勢いでこちらにやってくるのが見えた。



 ……全員が鎧と大剣を携えている。


 完全にフル装備だ。


 騎兵たちは俺のもとにやってきて取り囲むと、そのうちの一人が剣を突き付け怒鳴った。



「おい貴様、止まれ! その場から一歩も動くな!」



 フルフェイスの兜を被っているせいで表情は分からない。


 だが、めちゃくちゃ殺気立っていることだけは分かった。


 このまま何か変な動きを見せたら即座に斬りかかってきそうだ。



「貴様、商人だな? この街道は王国戦時規定第七十四条に基づき十日前から封鎖されている。立ち入り許可を得ているのならば、許可証を提示しろ!」



 馬上からこちらに長剣を突き付けたまま、全身鎧の男がまくしたてる。



 つーか、王国戦時規定ってなんぞ。


 法律の類なのは分かるが、この国の法律なんぞ分かるわけがない。


 もちろん許可証の類を持っているわけがない。


 さて、どうしたものか。


 これ、下手に答えたら確実に敵対するやつだろ。



 もちろん今の俺とクロならどうとでもなるだろうが、だからといって強行突破するのはさすがにマズい。


 砦から出てきた以上、フィーダさんやロルナさんと同じ陣営の可能性があるからだ。



「ええと……」



 ……ん?


 よくよく見れば、この騎兵さんたちの鎧……以前砦で見た兵士さんたちの装備とはデザインが違う。


 具体的に言うと、かなり立派な装備だった。


 鎧のデザインも純粋な戦闘特化というより、綺麗な装飾や紋様が施されていて貴族とかが身に着けてそうな感じ。


 ……いや、ちょっと待て。


 この鎧姿、兜はともかく甲冑の方はどこかで見た覚えが……


 特に、胸のプレートに刻印されてあるカッコイイ紋章。


 そうだ。


 思い出した。


 この紋章……初対面のときに、ロルナさんが着ていた鎧と同じやつだ。



 なるほど……


 この人たちの正体が何となくわかってきたぞ。


 おそらくこの人たちはフィーダさんの配下じゃない。


 俺の推測が正しければ……この人たちは王国騎士団というやつだ。



「あの……すいません。私はヒロイと申します。この砦には定期的に行商で訪問しているのですが……今、ロルナ様はいらっしゃいますでしょうか?」


「……なに?」



 ロルナさんの名前を出したとたん、俺に剣を突き付けていた男が怪訝そうな声を上げた。


 とはいえ、先ほどよりは若干態度が軟化したように見える。


 よしよし、俺の見立ては当たっていたようだな。



「……其方そなた、ロルナ殿の知り合いか? 名を伺ってもよろしいか」


「アラタ・ヒロイと申します。少し前からロルナ様には懇意にさせて頂いておりまして、現在は非常時かとは存じましたが、何かお役に立てることはないかと思い、はせ参じた次第です。ですが……申し訳ございません、しばらく他国におりましたゆえ、許可証などは持ち合わせておらず」


「……承知した。今確認させよう。しばし待たれよ。……ルーク!」


「はっ」



 男が命じると、俺を取り囲んでいた騎兵のうちの一人が馬身をひるがえし砦まで駆けていった。


 もっとも、残った連中も武器を構えたままだ。


 予断を許さない状況だった。



「クロ、大人しくしていろよ」


「…………フスッ」



 クロは『言われずとも』みたいな様子で鼻を鳴らすと、俺の足元で座り込み、くあ、と一つ欠伸をした。


 コイツはいつも自由だなぁ。


 騎兵さんたちも、その様子を見て多少なりとも和んだようだ。


 ほんの少しだが、場の空気が弛緩する感覚があった。



 ……しばらくそのまま待っていると、さきほど砦に戻った騎兵さんが再びこちらまでやってきた。


 彼はそのまま俺に剣を突き付けていた男に耳打ちする。



(ヴェイル小隊長殿、確認が取れました。この男は確かにロルナ殿の知り合いのようです)


(本当に間違いないのだな? 明らかに異邦人だぞ?)


(はっ。それも確認済みです。許可証はロルナ殿が急ぎ発行すると申しております)


(……そうか。ご苦労だった)



 まあ、全部聞こえているけど。


 地獄耳すぎるのも困りどころだな。



 もっとも、先方も仕事だからな。


 現実世界における紛争地帯の国境警備隊とか沿岸警備隊的な存在だと思えば、むしろこのくらいの歓迎・・で済んだのは幸運だろう。



「皆、武器を納めよ」


「はっ」



 確認が済んだところで俺に剣を突き付けていた男――ヴェイル小隊長が突き付けていた剣を鞘に納める。


 それと同時に、騎兵の皆さんも武器を納めた。



「失礼」



 彼はそう短く言ってから素早く馬を降り、俺の前に立つと、兜を脱いだ。


 中の人は、四十代半ばくらいの厳めしい面構えをしたおっさんだった。



「ヒロイ殿。先ほどの無礼、お詫び申し上げる。我々王国騎士団は、貴殿の来訪を歓迎する」



 言って、彼は美しい所作でお辞儀をした。



 ……ふう。


 ロルナさんのおかげで、ひとまず修羅場になるのは回避できたようだな。

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