社畜おっさん(35)だけど、『魔眼』が覚醒してしまった件~俺だけ視える扉の先にあるダンジョンでレベルを上げまくったら、異世界でも現実世界でも最強になりました~
第140話 怪人の末路【side】/社畜と長期休暇(当社比)
第140話 怪人の末路【side】/社畜と長期休暇(当社比)
――ボコッ。
シンと冷えた空気の中。
とあるマンションの敷地内、駐車場に面した植え込みの根元がほんの少しだけ盛り上がった。
十円硬貨より小さな、ごくわずかな土の盛り上がりだ。
周囲に人気はなかったが、仮に誰かが通りかかっても気づくことはなかっただろう。
盛り上がりはしばらくモソモソと蠢いていたが、やがて土が崩れ、その正体が露わになった。
『…………』
中から這い出てきたのはセミの幼虫だ。
幼虫はゆっくりと植え込みの灌木の根から幹へとのぼってゆく。
とても奇妙な光景だった。
なにしろ季節は冬、それも霜が降りるような凍てつく深夜である。
昆虫が行動できる気温ではない。
さらにもう一つ、奇妙な点があるとすれば……その身体には植物の根のようなものが絡みつき、外殻に食い込んでいたことだろうか。
『………………』
そのセミの幼虫はまるで自分だけが夏だと言わんばかりに幹を上ってゆき、しばらくして動きを止めた。
(クソ、油断した……ッ!)
羽化をしながら――その身体を乗っ取った、ほんの米粒ほどの種――植物型妖魔『傀儡師』が、先ほどの出来事を思い返していた。
(まさか本体ともども『種子』まで死滅させられるとは……どうなってんだあのガキの武器は!)
ここ最近のうちに手駒にしていた寄生体が狩られたり、アジトの周辺で妙な動きがあったのは把握していた。
警戒はしていたし、そろそろこの街から離れる潮時だとは思っていた。
だから、押収されると今後の研究に差し障るものはすでに別の拠点へと移動させておいた。
あとは時間稼ぎと目くらましができればよかった。
実際、それはある程度うまく行った。
予想外だったのは、アジトを襲撃した魔法少女たちの異様な戦闘能力と攻撃力だ。
とくに、あの巨大なハンマーを持った魔法少女。
たった二度の攻撃で、体内に温存していた種子のほとんどすべてが死滅してしまうとは。
今なら分かるが、あれはただの衝撃だけではなく魔法的な破壊力を付与した攻撃だった。
そんな致死的な攻撃に晒され、たった一粒でも生き残れたのは幸運だったとしか言いようがない。
こんなことになるなら別拠点に荷物を移動させるさいに、記憶の欠落が生じるのを覚悟で予備の種子も保管しておけばよかったのだが……
『傀儡師』は己の慢心を後悔するが、あとの祭りである。
とはいえ、問題はない。
今、こうして生き延びているからだ。
(まだまだ僕にも運が残っている、ということか……)
近くの地中にセミの幼虫がいたのは僥倖だった。
僅かな魔力を振り絞り種子から根を伸ばし、寄生。
その小さな身体を侵食し妖魔の
昆虫の生態ゆえ、羽化のプロセスだけは経る必要があったものの……無事、成虫へと変態を遂げる最中というわけである。
(とはいえ、クソ……このままじゃ不自由だな。早く何とかしないと)
通常ならば、その特性上ほとんど不死身を誇る『傀儡師』ではあるが、今の状態は極めて脆弱だ。
冬の寒さは妖魔の身体ゆえ耐えることができるし、寿命も従来の数十倍ほどに伸びてはいるが……肉体の耐久力は元のセミとほとんど変わらないうえに、『種子』を生み出すための魔力はすべて乗っ取りに使ってしまい枯渇状態である。
もしネコやカラスに見つかり本体ごと噛み砕かれてしまえば、そこで終わりだ。
どれだけ素早く根を伸ばしたとしても、捕食される前に寄生できるかは五分五分といったところだろう。
だからその前に、なんとしても人間に寄生する必要があった。
(まあ、野生動物に比べれば人間は愚鈍からな。体に取り付けばどうにでもなる)
今が冬の夜中で、飛行能力のある昆虫の身体を使えるのは僥倖だった。
これである程度は余裕をもって、寄生に適した個体を選別できる。
(さて、今度はどんな個体がいいかな……)
羽根が乾き外殻の硬化が終わると、『傀儡師』は冬の夜空に飛び立った。
街の上空を旋回しながら、獲物の品定めをしていく。
――『傀儡師』が自分の『意識』を自覚したのは、八十年ほど前だ。
最初のころは山奥に暮らす独り者の身体を乗っ取り、周囲の廃炭鉱に棲みついていた妖魔などを使役して、周囲の山で道に迷った登山者や、たまに近くの山道を通りかかった車などを事故を装い転覆させ、乗っていた者を捕食して暮らしていた。
それらの頻度は十数年に一度ほどだったが、それでも何度か同じことを繰り返していると徐々に地元の新聞紙などで事故が取り上げられるようになり、ここ数年は周囲の山の開発なども加わり身動きが取りにくくなっていた。
仕方がないので、次は街に出ていわゆる反社組織に属する個体を乗っ取ってみた。
こちらは前者と比べて捕食の機会は増えたし趣味と実益を兼ねた使役妖魔の強化研究もやりやすくなったものの、存外に他個体との関係が濃密ですぐに様子を感づかれてしまい、結局関係者を皆殺しにせざるを得なかった。
その次はこれまでの反省点を踏まえ、街で
今度は単独で行動するのが難しい状況というものがしばしば発生することになった。
人間の社会とは、成体であることが前提のシステムだからだ。
だから今回、獲物とすべき個体の属性は概ね固まっている。
それは人間社会の中核たる地位を占める連中……つまり『サラリーマン』と呼ばれる個体群だ。
そのうえで、できれば
(いた……!)
そいつは三十代半ばと思しき男だった。
会社か何かの帰りなのか、のんびりと夜道を歩いている。
何か嬉しいことでもあったのか、ふらふら歩きながら楽しそうに時おり肩を揺らしている。
警戒心の欠片もない。
完全に隙だらけだ。
もっとも、その冴えない風体のわりに妙な威圧感を醸し出しているのが気になったが……『傀儡師』はそれが魔力豊富な証、と判断した。
そもそも所詮は人間だ。
怪人である自分と比べれば圧倒的な弱者であることに変わりはない。
それにこの手の『おっさん』と呼ばれる年齢の連中は、特にこの時間帯は警戒心が薄くなる個体が多い。
暗がりのあちこちを警戒しながら歩く女や、そもそも夜に出歩くことがない子供よりははるかに与しやすい獲物だった。
(よし、アイツに決めた)
しばらくは体内に潜り込んでも脳まで侵食せず様子を見て、ライフスタイルや社会的地位を記憶していく。
ある程度把握できたあとは、一気に意識まで乗っ取り身体を妖魔に再構成すればいいだろう。
男はこちらに気づいた様子はない。
『傀儡師』はなるべく羽音を立てないように男の背後へ回ると、一気に襲いかかった。
(ハハッ! マヌケめ……お前の身体と社会的地位、せいぜいうまく利用させてもらうと――えっ)
もう少しで男の首元に取り付けると思った、次の瞬間だった。
まるで後ろに目が付いているように、ふいに男が振り向いたのだ。
そして、暗がりだというのに目が合った。
片方が紅く光る、薄気味悪い目と。
(なっ――)
その『眼』を見た瞬間、『傀儡師』は己の失敗を悟った。
この男……人の形をしているが、
――ばちゅっ
慌てて羽根をばたつかせ、上空へ逃げようとした次の瞬間。
強烈な衝撃ともに、『傀儡師』の意識はそこで途絶えた。
◇
「うっわ……!? なんだこれセミか!?」
夜中の住宅街だというのに、思わず声を上げてしまった。
何か背筋がムズムズするなぁと思って振り向いたら、セミらしきデカイ虫が俺目がけて飛んできていたのだ。
あまりのことにビックリして、反射的に手で払いのけたのは良いんだが……
完全に自分の身体能力のことを忘れていた。
おかげでセミらしき虫の身体は木っ端みじんだ。
手には体液らしき液体が付いているし、めっちゃキモいんだけど……
つーかこんな真冬にセミが飛んでくるとか思わないだろ。
まあ、最近は冬なのに日中ぽかぽかしている日もあるし、勘違いして出てきてしまったのかもしれない。
「はあ……まあいいか……」
ひとまずの応急処置として、鞄の中からポケットティッシュを取り出し手を拭く。
これでもまだ気持ち悪いが、やっちまったものは仕方がない。
まあ、もうすぐ自宅だし帰ったら石鹸でしっかり洗っておこう。
それよりも、だ。
「ふふっ……!」
思わず笑みがこぼれてしまう。
何しろ、本日金曜日から土日をまたいだ一週間……つまりなんと――合計九日もの間、完全にお休みなのである。
まさか、怪人討伐で『お疲れ様休暇』をもらえるとは夢にも思わなかった。
我が職場、ホワイトにもほどがあるだろ……!
これが笑えずにいられるかという話だ。
まあ俺の休暇が終わったら桐井課長の番だから、その後の仕事が大変だが……
まあ、他部署との調整や桐井課長からの引継ぎも済んでいるし、問題ないだろう。
「ふふっ……!!」
まずい。
笑みが止まらん。
そうだな、まずはクロと一緒に異世界へ飛ぼう。
あっちの状況も気になっているし……
マナもそこそこ貯まってきているし、この機会に本格的に『深淵の澱』攻略を進めるのもいいかもしれない。
うーむ、夢が広がるぜ……!
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